味平を最後まで苦しめた『ブラックカレー』が目の前にある!
「いま、自分はブラックカレーを食べている」という、その想いの中でこそ鼻田香作のブラックカレーは完成し、銚子電鉄は黒字化する。
『包丁人味平』といえば、料理マンガの古典的名作であると同時に、金字塔として君臨し続ける作品だ。キャラクターの濃さといい、荒唐無稽さといい、いまの目で見ても決して色褪せることがない魅力に満ちている。
違和感があるのは衛生観念の違いで、こればかりは「昭和50年前後の常識は、こんなもんだった」と納得するしかない。さすがに料理人の汗が料理に混ざったのを、日本でも屈指の食通たちが高く評価するのは当時にしてもおかしいのだが、作品の熱量に押し流されて気にする暇が無い。
そう、『味平』の魅力は、途方もない作品の熱量にある。鼻田香作と『ブラックカレー』は、その象徴的な存在だ。
真の『ブラックカレー』は、設定どおりに作って売ることが絶対不可能な代物だ。そう作中で明確に描写されている。だから、「ややっ、『味平』に出てきたブラックカレーじゃないか!」と喜んで銚電ブラックカレーに食指を動かす者は、これが鼻田香作のブラックカレーではないことを承知している。
『カレー将軍』鼻田香作の狂気が乗り移った究極のカレーこそが真のブラックカレーであり、そんなものはこの世に存在し得ない。完成品が存在するのは、読者の想像の中だけだ。その幻を、少しでも近くに手繰り寄せるために銚電ブラックカレーはあるのです。
文・写真/深澤紳一(ふかさわ しんいち):PCゲーム雑誌から文芸誌、サブカルチャー誌まで幅広い寄稿歴をもつライター。レーシングスクールインストラクターなども務めつつ、飼犬のために日々働く愛犬家。