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料理マンガの古典的名作『包丁人味平』。その『カレー戦争』に登場するのが鼻田香作の『ブラックカレー』だ。主人公の塩見味平を最後まで苦しめた『ブラックカレー』は、魔的な魅力と、衝撃的なストーリーによって伝説となっている。その『ブラックカレー』(税込594円)が、なんと現代に蘇った!

鼻田香作の『ブラックカレー』を復活させたのは、千葉県の銚子電鉄!

鼻カバーとモヒカンが特徴の鼻田香作。『ブラックカレー』の書き文字も原作どおりのタッチだ。

昭和の料理マンガ『包丁人味平』(原作:牛次郎、漫画:ビッグ錠)に登場する『ブラックカレー』(税込594円)を現実世界に復活させたのは、千葉県の銚子電気鉄道株式会社だ。

「鉄道会社がレトルトカレーを売る意味がわからない」というのは至極当然の疑問だが、銚子電鉄は深刻な経営難を、銚子名産の『ぬれ煎餅』の販売で切り抜けた過去がある。

そう聞かされれば「ああ、あの件か」と思い出す人も多いだろう。2006年当時は、ネット上でも大きな話題になった。ピンと来ない人はとりあえず、銚子電鉄は食品の販売で経営危機を回避した実績がある、ということだけ把握してほしい。

全体を黒く塗られたパッケージには、マンガに描かれた『ブラックカレー』の皿と、その開発者である鼻田香作の顔が大きく描かれている。主人公の味平の顔は添え物のように「鼻田!!」と声を掛けるひとコマがあるだけだ。

そして、『ブラックカレー』と大書された書き文字は、まさしくビッグ錠によって作中に描かれた、特徴的なレタリングそのままだ。不遜な笑みを浮かべる鼻田香作の顔も、初めて自信作をお披露目するときの誇らしげな表情そのものだ。

パッケージ裏には、銚子電鉄がなぜブラックカレーを商品化したのかが密かに記されている。ブラックカレーを『最凶料理』と紹介するついでに、「これによってブラック(黒字)企業、定着!?」とある。ダジャレか! ダジャレなのか!?

「これによってブラック(黒字企業)、定着!?」という言葉に、銚子電鉄の祈りが込められている。

黒い。とにかく黒い『ブラックカレー』!

パックを開封し、中を接写すると……黒い! なんという不気味な黒さだ!

湯煎したブラックカレーをライス皿の上に流し込む。レトルトのパッケージを開封しただけで、その異様な黒さが目を引く。しかも、てらてらと光っている。ラメが入ったようにキラキラしてもいる。なんとも不気味な黒さだ。

カレー皿の上に盛り付けると、ふちから溢れんばかり。けっこうな内容量だ。250グラムのライスに対して200グラムのブラックカレーは、少しソースが多い。ライスは更に大盛りの300グラムくらいあってもよさそうだ。

異様な見た目だが、たしかに味はカレーだ。

真っ黒なカレーソースと白いライスをひとさじすくって、口の中に入れてみた。カレーソースには粘り気がある。想像したほど辛くはないし、香りも刺激が強すぎない。中辛よりも少しマイルドに感じられる。これなら辛いものが苦手な人にも薦められそうだ。拍子抜けするくらいに食べやすい。

パッケージをみると、着色料として炭末の記載がある。異様な黒さは、この炭末のおかげもあるのだろう。

しばらくすると、しびれるような辛さが後からきた。しかしこれも、特別強いわけではない。なるほど、作中のブラックカレーはこの延長線上にあるのだな、と解釈できた。

ある理由で、原典どおりの鼻田香作のブラックカレーは絶対に市販できないのだ。読者は皆、そのことを理解している。それを承知のうえで購入し、その片鱗を感じて楽しむのが、この銚電ブラックカレーとの向き合い方になるだろう。

味平を最後まで苦しめた『ブラックカレー』が目の前にある!

イカスミか墨汁かコールタールのように真っ黒なカレーの表面に浮かぶ、この妖しい光沢がおわかりいただけるだろうか。

「いま、自分はブラックカレーを食べている」という、その想いの中でこそ鼻田香作のブラックカレーは完成し、銚子電鉄は黒字化するに違いないのです。

『包丁人味平』といえば、料理マンガの古典的名作であると同時に、金字塔として君臨し続ける作品だ。キャラクターの濃さといい、荒唐無稽さといい、いまの目で見ても決して色褪せることがない魅力に満ちている。

違和感があるのは衛生観念の違いで、こればかりは「昭和50年前後の常識は、こんなもんだった」と納得するしかない。さすがに料理人の汗が料理に混ざったのを、日本でも屈指の食通たちが高く評価するのは当時にしてもおかしいのだが、作品の熱量に押し流されて気にする暇が無い。

そう、『味平』の魅力は、途方もない作品の熱量にある。鼻田香作と『ブラックカレー』は、その象徴的な存在だ。

真の『ブラックカレー』は、設定どおりに作って売ることが絶対不可能な代物だ。そう作中で明確に描写されている。だから、「ややっ、『味平』に出てきたブラックカレーじゃないか!」と喜んで銚電ブラックカレーに食指を動かす者は、これが鼻田香作のブラックカレーではないことを承知している。

『カレー将軍』鼻田香作の狂気が乗り移った究極のカレーこそが真のブラックカレーであり、そんなものはこの世に存在し得ない。完成品が存在するのは、読者の想像の中だけだ。その幻を、少しでも近くに手繰り寄せるために銚電ブラックカレーはある。

文・写真/深澤紳一(ふかさわ しんいち):PCゲーム雑誌から文芸誌、サブカルチャー誌まで幅広い寄稿歴をもつライター。レーシングスクールインストラクターなども務めつつ、飼犬のために日々働く愛犬家。

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深澤 紳一
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