2025年3月、皇居・宮殿で天皇陛下と雅子さま主催の宮中晩餐会が開かれた。平成から令和へと御代がかわり、コロナ禍以降初の開催となったこの晩餐会には、初めて前菜として和食が用意された。明治時代から続くフランス料理の伝統に手を入れるのは、容易ではなかったことだろう。メニューの調整は、陛下と雅子さまの日本の料理に対するあたたかな想いと、現代の天皇家の国賓へのおもてなし精神のあらわれであった。今回は、天皇陛下と雅子さまの大切なお客さまへの「おもてなし料理」の物語である。
初めて晩餐会で箸がテーブルに並んだ
「東京では桜も咲きはじめ、我が国は今、美しい春を迎えようとしています。大統領ご夫妻の我が国ご訪問が、実り多く、思い出深いものとなることを願うとともに、お二方のご健勝とブラジル国民の幸せを祈り、杯を挙げたく思います」
天皇陛下はこのように晩餐会の始まりを告げられた。
2025年3月25日、国賓としてブラジルから迎えたルラ・ダシルバ大統領夫妻を歓迎する宮中晩餐会が開催された。外国首脳の国賓の来日は、2019年5月に来日したアメリカのトランプ大統領から6年ぶりのことである。
2025年は、1895年にブラジルと日本の外国関係が樹立されてから130年の節目の年にあたる。また、ブラジルは陛下が学習院大学大学院在学中に、初めて公式訪問した外国でもある、ゆかりの深い国であった。
コロナ禍以降初めての晩餐会である。陛下と雅子さまの考え抜かれた「おもてなしの精神」が随所にあらわれた晩餐会でもあった。
明治時代以降の伝統として、宮中晩餐会で供されるのは、正式な献立による料理を意味する「正餐」であり、国際的な儀礼にのっとったフランス料理のフルコースである。テーブルには、あらかじめパンがセットされていて、順番にスープ、魚料理、肉料理、サラダ、アイスクリーム、デザートとして果物が出される。料理は、皿に盛られたものがそれぞれの人に配膳されるのではなく、数人分を盛った銀製のスープチューレン(スープ鉢)や長盛皿から、お客さま自身がそれぞれ取り分ける。
しかし、お客さま自身が料理を取り分けていると、せっかくの会話が途切れてしまう。なにより、現代では一枚ずつの皿に美しく盛りつけた料理が配られるのがあたりまえである。
「リラックスした雰囲気で、会話を大切にしたい」
という陛下と雅子さまの意向を受けて、料理を盛りつけた皿をそれぞれに配膳するかたちに変わった。また、テーブルにはナイフとフォークといったカトラリーとともに、晩餐会で初めて箸が並べられた。箸でいただくのは、もちろん和食である。