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美智子さまは、末っ子の紀宮さま(今の黒田清子さん)をたいそう大事に育てられた。いずれ降嫁して天皇家から離れる紀宮さまに、美智子さまは家事や人との関り方をお教えになった。やがて紀宮さまは、動物を愛する人に成長され、大学を卒業すると山階鳥類研究所で働かれるようになった。ご結婚が決まり、退職するときに職員たちがお祝いに用意してくれたのは、紀宮さまが研究されていた鳥が飾られた「カワセミのケーキ」であった。今回は、お互いを大切に想い合う母と娘の物語である。

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やがて降嫁する日のために、家事や料理を美智子さまから教わって

浩宮さま(今の天皇陛下)、礼宮さま(今の秋篠宮さま)に続き、初めての内親王としてお生まれになった紀宮さまは、「サーヤ」の愛称で呼ばれ、家族から愛されてお育ちになった。

美智子さまは、いずれ降嫁して天皇家から離れることを念頭において、紀宮さまにご自分で家事ができるようにしつけられた。洋服のボタン付けやミシン踏み、繕い物から刺繍といった裁縫を手ほどきされた。紀宮さまの部屋には、洗濯機まで置かれていたという。

キッチンでは、お米とぎから炊飯器の使い方、フルーツポンチや薩摩汁などの料理もお教えになった。とりわけ紀宮さまはお菓子作りが得意で、昭和天皇にクッキーを焼いてお持ちして喜ばれたこともあった。

やがて料理の腕をあげられた紀宮さまは、ご自分のお弁当を作って登校するまでになった。お好きなお弁当のおかずは、タラコ。上皇陛下(当時は皇太子殿下)と美智子さまは、長年にわたり沖縄県で選ばれた小中学生の豆記者たちとの交流を続けてこられ、豆記者たちがとの交流には、お子さま方もお連れになることがあった。

紀宮さまが学習院女子中等科に通われていたころ、沖縄から来た豆記者たちの質問に、
「タラコが好きなので、ニックネームは『タラコ』と呼ばれています」
とお答えになり、会場が大きな笑いに包まれたこともあった。

写真提供=宮内庁

母の日に紀宮さまが作られた夕焼けの詩

中等科2年の母の日に、紀宮さまは美智子さまのことを詩に書かれた。

***

母の日に夕焼けの絵を書いた
夕焼けはどこか母に似ているから
夕焼けの絵を書いた
ただそれだけの絵なのに
母は大事に 大事に たなの上に
かざってくれた
夕焼けの よく見える
窓の近くに かざってくれた

***

美智子さまが、大切そうに詩を持たれ、飾る場所を探しているご様子が目に浮かぶ。紀宮さまは穏やかなやさしいお人柄に育たれていった。紀宮さまが11歳のころ、美智子さまは紀宮さまについてこう語られている。

「とても明るくて、何でも一生懸命します。また、自然が大好きで、木とか、花とか、鳥といつも遊んでいる、そうした心というか、もっている心を大切に育ててほしいと思っています」

美智子さまは、紀宮さまのやさしさや良さをよくご理解され、慈しみ育てられたのである。

(C)JMPA
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