×

気になるキーワードを入力してください

SNSで最新情報をチェック

時の流れとともに移りゆく沿線風景

五反田駅と蒲田駅を結ぶ東急池上線の洗足池駅(大田区東雪谷)~石川台駅(同)の間には、かつて春先になると桜の樹々が咲き誇る人気のお花見スポットがあった。しかし、老木ゆえに大きく成長した樹々は、いつのころか伐採されてしまい、桜の下を電車が走り抜ける風景を楽しむことができなくなってしまった。昨今の桜の樹々の倒木騒ぎを思えば、賢明な選択だったのであろう。

こうした沿線で桜景色を楽しめる場所は、東急線には数多く存在したが、その多くは同様の理由から姿を消して久しい。車窓から眺める風光明媚な景色は、時の流れとともに姿かたちを変えながらも、乗客を楽しませてくれている。

東急田園都市線が山の中を走っていた!? そんなことを言っても信用してくれない世代もいることだろう。今年で開通から60年を迎えた田園都市線は、東急が開発した「多摩田園都市」という郊外ニュータウンの中枢をなす交通機関として建設された通勤路線だ。沿線は元々、田畑が広がる山間部だったこともあり、最後までその山あいの風景を残していた区間が、あざみ野駅(横浜市青葉区あざみ野)~江田駅(横浜市青葉区荏田町)間にあった。

あざみ野駅~江田駅間は、平成年間に入ると再開発によって山林は切り崩され、ここに山があったことなど想像もできないほど風景は一変した。再開発中には、山肌から飛鳥時代の遺構(赤田〔あかた〕古墳群)が発掘され、話題となった。現在は、そのような姿を想像することもできないほどの街に変貌しており、当時このあたりを「赤田地区」と呼んでいたことを知る人も少ないだろう。

東急池上線の洗足池駅~石川台駅の間は、春になると沿線に桜が咲き誇っていた。老木により現在、桜の樹々は伐採されており、このような景色を見ることはできない=1991年4月、大田区東雪谷
山に囲まれていた東急田園都市線あざみ野駅~江田駅間をゆく6000系と8090系電車。現在このエリアは再開発によって、住宅街へと生まれ変わっている=1982年2月、横浜市青葉区あざみ野南、撮影/山本泰史
再開発中に発見された「赤田古墳群」が画像の右端に見える。ひとつ前の山間部を写した写真は、この画像の左上に写る橋からこちらに向けて撮影したもの=1990年5月、横浜市青葉区あざみ野南
次のページ
路線の延伸とともに発展した多摩田園都市
icon-next-galary
icon-prev 1 2 3icon-next
関連記事
あなたにおすすめ

関連キーワード

この記事のライター

工藤直通
工藤直通

工藤直通

最新刊

全店実食調査でお届けするグルメ情報誌『おとなの週末』。2026年4月15日発売の5月号では、「ぶらり…