鉄道の「廃線」を巡る 読み方が難しい路線名もあった消えたローカル線の記憶 国鉄時代の軌跡をたどる「特定地方交通線」とは #路線バス#鉄道 記事に戻る 1975(昭和50)年当時の「九州地方」国鉄路線網。日本国有鉄道旅客局〔旅客事務用〕鉄道線路図より=資料所蔵筆者1975(昭和50)年当時の「北海道」国鉄路線網。北海道総局、青函船舶鉄道管理局、旭川鉄道管理局、釧路鉄道管理局によって組織されていた。日本国有鉄道旅客局〔旅客事務用〕鉄道線路図より=資料所蔵筆者第1次特定地方交通線としてバス転換により廃止された国鉄赤谷〔あかたに〕線。終点の東赤谷駅で=1984年3月、新潟県新発田市廃止直前のころの国鉄魚沼〔うおぬま〕線。赤谷線同様に第1次特定地方交通線として廃止→バス転換された。西小千谷駅で=1984年3月、新潟県小千谷市平行する道路の未整備を理由に第2次廃止対象路線から除外された国鉄・深名線。その後、道路整備が進んだことから民営化後となる1995年9月に廃止された。上幌加内駅~政和駅間で=1995年4月、北海道幌加内町国鉄二俣線から第三セクター・天竜浜名湖鉄道へと転換される前の遠江二俣〔とうとうみふたまた〕駅のようす。右側に写る車両は、第三セクター用に準備された車両「TH1形」。この駅は転換後、天竜二俣〔てんりゅうふたまた〕駅に改称された=1987年1月1日、静岡県浜松市天竜区第三セクター「樽見鉄道」に転換される前の国鉄樽見線=1984年8月、岐阜県揖斐川町、写真所蔵/JLNA(1984国鉄の現状より) 記事に戻る 1日で地球44周分も走っていた国鉄の全国路線網 「角館線」「日中線」「香月線」など廃止された赤字ローカル線の記憶