未完の夢に終わった東急線と京急線を結ぶ連絡線構想 横浜・野毛に新駅の要望も出されていた800メートルの鉄道延伸計画 #横浜#鉄道 記事に戻る 桜木町駅~日ノ出町駅間連絡線の出願記録が記された鉄道省文書。右上に「出願12年8月」の文字が読み取れる=資料/国立公文書館蔵連絡線構想に基づきレール幅の改軌を想定して“長軸台車”を履いていた東急デハ3500形(旧・東京横浜電鉄モハ1000形)の晩年の姿=1993年、東急・長津田検車区(町田市南成瀬)東京横浜電鉄から1941(昭和16)年9月に地方鉄道敷設免許申請が提出されたときの鉄道省文書=資料/国立公文書館蔵地方鉄道敷設免許申請に対し、神奈川県庁から出された回答文書=資料/国立公文書館蔵横浜市から出された要望の一部。「野毛駅」新設に関する一文が記載されている=資料/国立公文書館蔵桜木町駅~日ノ出町駅間の地方鉄道敷設免許申請書を東京急行電鉄へ返付した際の鉄道省文書=資料/国立公文書館蔵周辺案内地図に「連絡線未成線跡」を落とし込んだもの。(朱書きは筆者加筆)=2026年6月2日、横浜市中区駅前のペデストリアンデッキから桜木町駅方向を見たところ。旧東横線桜木町駅があったところから、連絡線は日ノ出町駅へと向かって敷設される計画だった=2026年6月2日、横浜市中区新横浜通りを越えるペデストリアンデッキから花咲町の連絡線計画線上を見る。正面の白い中層階ビルが建っている場所を挟むように左右に道路があり、この挟まれた場所が連絡線建設予定地だったと想像する=2026年6月2日、横浜市中区連絡線の計画線上にある「手づくりパン・キムラヤベーカリー」=2026年6月2日、横浜市中区野毛町1丁目から桜木町駅方向を見たところ。地元の方に伺うと、この道路が線路予定地だと話されていた=2026年6月2日、横浜市中区野毛本通り越しに連絡線の計画線上をみると、一瞬、鉄道高架橋と見間違うような外観をした建物が目に入る。実際に高架線が完成していたら、こんな感じだったのだろうか=2026年6月2日、横浜市中区宮川町仲通り沿いにある連絡線の計画線上にある駐車場用地とその一角。複線の鉄道高架橋が通るにはちょうど良い空間だ=2026年6月2日、横浜市中区連絡線の計画線上にある用地は、大岡川に沿って京急本線との合流地点まで進む=2026年6月2日、横浜市中区この二つの建物のあたりに連絡線が通る計画だったのかも知れない。線路計画地は横浜駅根岸道路を横断して京急本線との合流地点へと進む。右手は大岡川の長者橋=2026年6月2日、横浜市中区連絡線はこの先で京急本線と合流して終点となる。もし、連絡線が完成していたら、おそらくこのあたりに京急線日ノ出駅と東横線日ノ出町駅とを取り囲む一大ターミナルビルが建てられていたのではないかと想像する=2026年6月2日、横浜市中区 記事に戻る 未完の夢に終わった東急線と京急線を結ぶ連絡線構想 横浜・野毛に新駅誕生の可能性もあった800メートルの鉄道延伸計画