女将やマダムのいる店は、何かが違う。「女将」ってなんだろう?その姿に迫る『おとなの週末』連載「女将のいる場所」を、Webでもお届けします。第4回目の今回は、東京・八重洲で2023年に開業した立ち飲みスタンド『スタンドBUCHI』の女将、岩倉久恵さんです。
『スタンドBUCHI』の女将 岩倉久恵さん
物心ついた頃から、教師だけを目指していた。岩倉久恵さんは、1971年生まれの就職氷河期世代。バブルの崩壊で採用枠が消え、夢が消えた。「目の前真っ暗」な大学生に残った小さな喜びが、飲食のアルバイトだった。
「生きる世界が違う人と、話ができるっておもしろい」屈託のない潜在能力は、後に夫となる東井隆さんに見出され、開花した。猛烈に忙しい居酒屋を、自分の裁量で回す責任と快感。人を育て、チームが変われば、店が変わる。教師として叶えたかったことと、近い気がした。
ふたりで新しい会社を立ち上げ、2004年に『立喰酒場&坐房buchi』を開店。名刺には「女将 岩倉久恵」。大将を支える縁の下でなく、現場の中心に立つ女の将だ。たとえ「1年保たない」と揶揄されたって受けて立つ。赤字続きだろうが、毎日お客と接する本人には「肌感覚で」、いい店になる手応えがあった。
その通り、『buchi』は翌年に巻き起こった立ち飲み大ブームの立役者となる。会社は次々と出店し、女将が出動、軌道に乗せたらまた次へ。
でも、心は何かを長く続けたい。葛藤の時代、酒屋から在庫処分の国産ワインを引き取ったときだ。「すっごく」おいしくて、びっくりした。日本でなぜこの味になる?蔵を訪ね、畑に立って、すべてがすとんと腑に落ちた。と同時に、自身のテーマがはっきりと見えた。「造り手とお客さんをつなげる、架け橋になることです」
夜明け前の日本ワインを、目の前の一人ひとりに伝えていく。ひとつの店に長く立って、根気よく、丁寧に。
2023年、東京ミッドタウン八重洲に、あの『buchi』が『スタンドBUCHI』となって復活した。今や日本ワインは「鳥肌が立つくらい」の人気者に成長し、来年で女将歴20年を数える彼女はすでに、次へと向かっている。
「希少な1本を取り合うより、1杯ずつ分け合おうよと言い続けること。みんながそう思えば、世界は平和になるでしょ?やさしさで、私はなんでも変わると思う」
病気をして、寿命は45歳と覚悟していた。すると占い師は80歳超えを予言し、45歳も難なく通過。だったら話は違ってくる。今の久恵さんは走り込み、キックボクシングもして、誰よりも働き続けるモードに入っている。