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今でこそ世界で確固たる地位を築いている日本車だが、暗黒のオイルショックで牙を抜かれた1970年代、それを克服し高性能化が顕著になりイケイケ状態だった1980年代、バブル崩壊により1989年を頂点に凋落の兆しを見せた1990年代など波乱万丈の変遷をたどった。高性能や豪華さで魅了したクルマ、デザインで賛否分かれたクルマ、時代を先取りして成功したクルマ、逆にそれが仇となったクルマなどなどいろいろ。本連載は昭和40年代に生まれたオジサンによる日本車回顧録。連載第92回目に取り上げるのは1991年にデビューした3代目トヨタソアラだ。

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ソアラは憧れの象徴

1981年2月に『未体験ゾーン』というキャッチフレーズを掲げて初代ソアラがデビュー。スペシャルティパーソナルクーペという新ジャンルは日産レパードが先鞭をつけたが、瞬く間にライバルを駆逐し、老若男女が憧れる存在になった。デビューした瞬間からスターダムにのし上がった日本の名車の一台だ。

その初代のデザインを継承するキープコンセプトながら大幅に質感を上げて登場したのが2代目(1986年1月)で、時代背景もあり初代を超えるヒットモデルとなった。

当時の若者にとって『ソアラに乗っているだけでヒーロー』というのは大げさな表現ではない。初代&2代目ソアラのドンピシャ世代の筆者はそれを痛いほど目にしてきた現実だった。

初代ソアラが登場した時のインパクトは物凄かった!!

日本車のトップに君臨

初代、2代目ソアラの成功した要因はいろいろあるが、シャープでカッコいいエクステリアデザインにとどめを刺す。そして当時のトヨタの先進エレクトロニクスを惜しげもなく投入したことで日本車のレベルを大きく引き上げた。動力性能、運動性能も当時のトップに君臨するなど、日本車のトップに君臨して誰もが憧れて当然のクルマだった。

4畳半ひと間のアパートに住みながら食費を抑えて60回ローンでソアラを買う、というのも珍しくなかった。それほどまでにクルマは若者を熱狂させたのだ。若者のクルマ離れが進む現代ではでは考えられないが、高校を卒業して働き、その収入のほとんどをソアラに費やすというのも当たり前のように行われていた。特に地方出身の筆者の周りには、そのような先輩、友人がいっぱいいて、その対象が初代、2代目ソアラだったのだ。免許を取得して初めて買ったクルマが初代ソアラという先輩はひとりやふたりじゃなかった。

初代からキープコンセプトのデザインながら質感を大いに高めた2代目

待ちに待った3代目登場

日本のビンテージイヤーを呼ばれる1989年にスカイライン&スカイラインGT-R(R32型)、フェアレディZ(Z32型)、ユーノスロードスターなど新世代の名車がいろいろ登場。1986年デビューの2代目ソアラはそれらのクルマとは違う土俵に立っていたこともあり、独自の存在感を放っていた。

しかしカッコよさ、高級感という点では追従を許さないものの、性能面では280ps軍団の前ではトップではなくなっていたこともあり、次期型に期待する声が日に日に高まっていた。

初代、2代目の面影など皆無の3代目のデザイン

注目の3代目がデビューしたのは1991年5月。筆者は社会人1年目で、自動車雑誌『ベストカー』の編集部員ではなく広告部員として働き始めて初のビッグイベントが日本の最高峰に君臨するソアラのモデルチェンジだった。

日本中のクルマ好きが注目するなか3代目が発表されたのだが……。ふたを開けてみてビックリ!! 「これじゃない」、「ソアラじゃない」。多くの人がそう感じた。

上も下も丸いデザインから鏡餅と揶揄する声もあった
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目指したのはBMW6シリーズのようなデザイン
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市原 信幸
市原 信幸

市原 信幸

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