北米最高峰デナリの麓、国立公園の入口からほど近い町ヒーリー。バスの車庫だった建物の一角で、1度に1バレルしか仕込めないほど小規模だったブルワリーが、日本に根を下ろそうとしている。2010年に創業した「49th State Brewing」だ。海外展開の最初の地に選んだのは日本。11月5日に開かれたイベントで、デイヴィッド・マッカーシーCEOに話を聞き、7種類のビールを味わってきた。
出資すら得られなかった小さな醸造所が、16年で空港にも店を構えるまでに
マッカーシーCEOによると、創業当初は人口1000人の街の辺鄙な場所に醸造所を立ち上げても「うまくいくはずがない」と見られ、出資も得られなかったという。拠点となったのは国立公園の入口から北へ約16kmのヒーリーにあるバスの車庫。最初は1バレルずつの少量仕込みで、数樽が飲み頃になったと告知すれば、車で2時間離れたフェアバンクスからも人が集まり、ようやく着いたと思ったら売り切れていた、なんてこともあったそうだ。
その人気は数字にも表れる。2012年のシーズンに約130バレルだった生産量は、2013年に約500バレルへ達し、5バレル仕込みの設備の限界を迎えた。2014年に15バレルの醸造設備を導入すると、年間約1500バレルまで増産できるようになった。受賞歴も多く、現在までに136の賞を受けているとのこと。

写真後列の左端が創業CEOのデイヴィッド・マッカーシー氏。後列右から2番目にマーケティング&商品開発担当ディレクターのアンドリュー・コックバーン氏、手前右は日本での流通を担うナガノトレーディング卸売営業部 卸売営業担当の滝澤隼氏
そして2016年7月4日にはアンカレッジ中心部に2店舗目のブリューパブを開業。1917年に建てられた旧エルクス・ロッジの建物を受け継いだ3層構造の大型店で、さらに2019年にはアラスカ鉄道の駅に近いエリアにAlaska Pacific Beverage Companyをオープン。2023年にはアンカレッジ国際空港に2店舗、2025年には製造施設に隣接する4軒目のパブも加わった。アラスカ産リンゴのシードルや、アラスカの風味を表現したクラフトソーダ「Frontier Alaska Soda」まで手がけ、事業はビールの外へも広がっている。
ビールを通して、アラスカそのものを世界へ
理念は明快で、ビールを通してアラスカを世界に発信すること。同社は「Share Alaska with the world」をビジョンに掲げる。原材料にはアラスカ産を集中的に使い、アラスカが誇る大自然を最大限に味へと映し出す。流行のスタイルを追うのではなく、積み重ねられてきた醸造の歴史に目を向けて商品を開発するのも、同社の姿勢だ。看板商品のひとつである燻製ビール「Smōk」も、ドイツの伝統的なラオホビールのスタイルで醸している。
マッカーシーCEOはかつてバックパッカーとして日本を訪れ、何代も続く企業を自分の手でつくりたいと思うようになったという。そして、日本の消費者に評価されればほかの国でも通用するはず。そう考え、海外進出の第一歩に日本を選んだ。










