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土佐の高知を走って122年という歴史ある路面電車「とさでん交通」。古参ファンにとっては、土佐電気鉄道といったほうが馴染み深いかもしれない。 “純信とお馬の恋物語”でも知られる「はりまや橋」のたもとにある交差点には、路面電車4路線が行き交う“平面交差”が存在する。通称「ダイヤモンドクロス」と呼ばれ、東西南北に走り抜ける路面電車の姿は、“高知の新名物”としても売り出し中の観光スポットだ。なかでも、3両の電車が交差点上ですれ違うようすは「奇跡の光景」とも呼ばれ、人気を集めているのだとか。恋物語ならぬ路面電車との出会いを求めて、いざ高知へ。

※トップ画像は、はりまや交差点に設けられている路面電車とさでん交通の「ダイヤモンドクロス」。左が駅前線(高知駅方面)で、右は桟橋線(桟橋方面)、手前が伊野線(高知県庁方面)、正面奥が後免線(知寄町方面)を見る=2026年10月27日、高知県高知市はりまや町

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路面電車「とさでん交通」のはじまり

とある取材で、8年ぶりに高知県を訪れた。宿舎のチェックアウトまで少し時間ができたので、はりまや橋方面へとカメラ片手に出かけてみた。あてもなく歩くつもりだったが、自然と足が路面電車の方角へと進む。通行量が多い幹線道路ゆえ、路面電車はクルマやバスに阻まれ、思ったようにカメラに収まってくれなかった。帰宅後、写真を整理しながら、土佐・高知の交通史を読み返した。

とさでん交通の歴史は、1903(明治36)年の初代・土佐電気鉄道が設立され、翌1904年に本町線(堀詰~乗出〔現・グラウンド通〕)と潮江線(梅ノ辻~桟橋〔現・桟橋車庫前〕)が開業した。土佐・高知の路面電車の歴史は、ここからはじまる。1906(明治39)年には、電力会社の土佐電気を合併し、事業目的を電気鉄道と自動車による旅客及び荷物運送のほか、桟橋業、電力供給を担う企業へと成長させた。

1922(大正11)年には、土佐水力電気を合併し、路面電車は土佐電気の軌道部門となる。1941(昭和16)年になると、高知鉄道(1920/大正9年設立)が土佐電気の路面電車と土佐バスを合併させ、土佐交通へと社名を変更した。その後も企業合併を繰り返しながら、戦後の1948(昭和23)年に「土佐電気鉄道」へと社名を原点回帰させた。

それから66年後となる2014(平成26)年には、高知県内の軌道(路面電車)と乗合バス、貸切バス事業をそれぞれ行っていた土佐電気鉄道、高知県交通、土佐電ドリームサービスの3社は経営統合し、「とさでん交通」を設立し、今日に至る。コーポレートカラーは、旧・土佐電グループのグリーンと、旧・高知県交通のオレンジを採用しているのだとか。

昭和30年に撮影された播磨屋橋と土佐電気鉄道駅前線=1955年7月26日、撮影/佐藤進一
ひとつ前の写真とほぼ同じ位置で撮影した現況写真=2026年10月27日、高知市はりまや町
はりまや橋~堀詰停留場間で写した昭和31年当時の土佐電気鉄道伊野線。左端に写る歯科は、現在も同地に存在する=1956年、高知市堺町、撮影/佐藤進一
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はりまや橋とダイヤモンドクロス(平面交差)
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工藤直通
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