“イタリアン・コネクション”で貴重な1本を入手
さて、いったい、どんな味がするのだろう?
猛烈に気になって、わが“イタリアン・コネクション”に連絡を取り、ミッションを伝えた。待つこと数日、現地エージェントK氏から「すでに商品は完売しているが、ワイナリーに残された貴重なストックから、試飲用に1本売ってもいいと言っている」との回答が来た。調べてみたところ、市場価格は188ユーロ(約2万4000円)であったらしい。わが非凡なるエージェントがうまく取り計らってくれて、ワイン代は半額になった。それでも送料を合わせると230ユーロを超える大出費である──。
航空便で届いた「ネソス2019」は、黒い特製ボックスに入っていた。開けてみると、黒々としたボトルが。ラベルも黒地で、ワイン名とアンフォラの形を描いた図案が金色に輝いていた。それは白ワインというよりは赤ワインを想起させる外観だった。
10月某日、僕が信頼を寄せているワイン仲間を集めて、テイスティング会を行った。香りも味も十全に味わうべく、ワインを冷やしすぎぬように注意を払った。
開栓直後、まず立ち上がったのはドライアプリコットの香りだった。鋼を思わせるミネラル感があり、磯の風味が追いかけてくる(やはり海水由来か)。アモンティリャード・シェリーのような「ひね香」が厚みを加えていた。口に含むと、かっちりとした骨格があり、意外と塩っぽさはなく、甘・酸・苦のバランスが絶妙である(海水に浸すことでブドウの酸度が下がるが、旨味に関与するフェノリックの値が上がると資料にあった)。時間経過と共に、甘苦系スパイス、ローズマリー、レモンバーム、ジンジャーブレッド、腐葉土‥‥様々な風味が次々に顔を出す。その変貌のスピードについていくのが大変だった。
イタリア北部やスロベニアのオレンジワインやジョージアのアンフォラワインを飲んだことのある人にとっては、それほど風変わりには感じられない、むしろ王道的と言っていい味わいだった。それは同席したワイン仲間たちが口を揃えて述べたことだ。ただ「ネソス」の尋常でなかったのは、ボトルの底からフツフツと湧き上がってくるかのような、エネルギーだった。物事をミステリアスに捉える傾向のある人は、その力感の源を海が持つ神秘的なパワーと結び付けたがるかもしれない。そういえば、マリンワインの異名には「富裕者のワイン」の他に「神々のワイン」というのがあるそうだ。
1/240の貴重なボトルが空になった直後から、もう一度あのワインが飲みたいという、叶う見込みのない渇望がわが胸にずっと渦巻いている。
ワインの海は深く広い‥‥。
Photos by Yasuyuki Ukita, Azienda Agricola Arrighi
Special thanks to Azienda Agricola Arrighi, Kazunori Iwakura
浮田泰幸
うきた・やすゆき。ワイン・ジャーナリスト/ライター。広く国内外を取材し、雑誌・新聞・ウェブサイト等に寄稿。これまでに訪問したワイナリーは600軒以上に及ぶ。世界のワイン産地の魅力を多角的に紹介するトーク・イベント「wine&trip」を主催。著書に『憧れのボルドーへ』(AERA Mook)等がある。