ワインは「人の心を開く飲み物」
ここからはワインという飲み物の本質に関わるいささか哲学的な話になってしまうが、僕はワインの根本は「人の心を開く飲み物」だと思っている。何千もの異なる品種、果てしない土地それぞれの個性、さまざまな醸造スタイル、造り手の技量や意向、それらの掛け算によって生まれる無限のバリエーションを楽しめること──それがワインの最大の魅力だろう。僕はよく「ワインは合法的浮気である」とも言っているのだが、今日の気分や体調、目の前にある料理と合うワインと明日のそれは全く別物である可能性が高い。淑女も、悪女も、心の赴くままに愛して良いのがワインを飲むことの豊かさだ。
一方で、同じ人間であっても、30代で好みだったワインを50代でも楽しめることは稀だろう。この日、受けたワイン診断にはそのあたりの「変数」が盛り込まれるべきではないか? その疑問を加藤さんにぶつけてみたところ、彼もその点は承知していて、まずはワイン選びを煩雑で面倒だと思っている人を対象とし、彼らを解放することを狙った、と説明してくれた。2度目以降には、飲んだワインの評価が蓄積すること、他人の評価まで反映されていくことで、カルテの精度が高まっていく。将来的にはさらに別の「軸」を診断に加えることで、ワインを飲み慣れた人にもドンピシャ感の得られる分析ができるようになるという自信はあるようだ。
思えば、このワイン診断は腕利きによる占いや心理療法士によるセラピーと似ているかもしれない。当たった感じが強ければ強いほど、人は「私のことを理解してくれている人がいる」と思え、脳内には多幸感をもたらす物質が分泌する。何かとストレスフルな時代である。ヤケ酒とは全くベクトルの異なる癒し飲みの可能性については一考すべきだろう。
約1000軒の飲食店と提携、BYOを推進
この店の取り組みでもう一つ面白いのは、都内約1000軒の飲食店と提携して、BYO(持ち込み)を推進していることだ。実はBYOについては僕も以前からその意義を痛感し、個人的に普及活動をおこなってきたのだ。BYO(bring your own)とは客が飲食店に自分の好みのワインを持ち込むことだ。店側は1本につき1000〜3000円程度の「抜栓料」を取る。
「BYO先進国」であるオーストラリアの実情をシドニー在住でワイン卸業に従事するフロスト結子さんに訊いてみた。
「以前は飲食店がリカーライセンス(酒販免許)を取るのがすごく面倒で、お金もかかり、それで店側はグラスや氷などだけ出してお酒は客が持ち込むという習慣が広まったようです。1965年から始まったという話があります。今は、ワインリストに個性を出したいというお店も増えて、BYOは減少傾向にありますが、まだまだ多いですね。現在でもBYOを認めている店は、ワインリストを作るリソースのないカジュアルな店か、ワインリストは持っているが、顧客に面白いワインを持ち込む機会は提供したいという店のどちらかだと思います」
シドニーにおける抜栓料のスタンダードは、1本10〜15AUD(約800〜1200円)とのこと。物価の高いオーストラリアにしては安めの設定に見える。レストランによっては平日のみ「BYO歓迎」にして、集客の一策にしているところもあるそうだ。