市販価格の2倍か、それ以上
話を恵比寿に戻そう。wine@EBISUの立ち上げメンバーの一人でBYO加盟店の拡充に奔走した永松太郎さんによると、恵比寿エリアだけで加盟店の数は約170店に上るという。
「コロナ以前はBYOの利点が飲食店側に浸透していないこともあって、10数店のみだったのですが、コロナ禍で状況が一変しました。飲食店側にとっては在庫管理の必要がないのが最大のメリットです。時短要請などでワイン在庫がいつ解消できるか見通しがつかず、皆さん頭を抱えていましたから」
従来、高級レストランではワインの価格は市販価格の2倍か、それ以上であることが多かった。例えば町場のワインショップで4000円のワインは、レストランのワインリストでは8000〜10000円の値が付いている。これに対し、BYOで同じ価格のワインに2000円の抜栓料(=6000円)ではレストラン側に儲けがほとんど出ないように思える。が、実際は管理費・人件費などの諸経費が浮くことでレストラン側にも十分利益が出るとのこと。
顧客の側に立てば、今の時代、ワインの原価はスマホで瞬時に調べることができる。市販価格の2倍という数字に違和感を持つ人が増えたのは無理からぬことだろう。ソムリエがいるような店では「プライド」が邪魔をすることはあるだろうが、そこさえクリアすれば、BYOは顧客・店側双方にメリットがあるように見える(ちなみにブロードエッジ・ウェアリンクの親会社は元々、物流施設を含む不動産関連が主業である。wine@事業には最初から在庫管理できるスペースが組み込まれていたのだ)。加盟店リストにはこちらが思わず二度見してしまうような有名店の名前も並ぶ。
問題は顧客にとってワイン選びが容易でないことだが、その点はくだんのカルテがものを言うというわけだ。wine@EBISUのワインディレクターで、800種の品揃えにも大きく関わる林やよいさんは、その道では広く知られた「ワイン売場作りのエキスパート」だ。ワインのセレクトに当たっては、知名度や権威といった枠を取り払い、ワインそのものの価値を見極め、料理とよく合って、少人数でも楽に1本飲めてしまうようなドリンカブルなものを選ぶよう心がけたと言う。彼女にワインカルテを差し出し、その日の食事内容を告げれば、条件に即した1本をたちどころに提案してくれるだろう。
想定されるwine@の利用法はいくつか考えられる。店に来て、ただワインを飲むというのももちろんありだ。ワイン診断は、デートや仲間とのアペリティフを大いに盛り上げてくれるだろう。来店してワインを選び、それをBYO加盟店に持ち込んで料理と共に楽しむのが常道だろう。行く店が決まっていない人は、BYO加盟店のリストから選ぶ手もある。あるいは、加盟店に席を取り、その場からスマホでワインを選べば、無料でボトルをデリバリーしてくれるサービスもある。ビジネスシーンにおいては、接待相手とwine@EBISUで待ち合わせ、ワイン診断をしてもらって相手の好みのワインを入手する「ゼロ次会」的な使い道もある。
この店の次なる展開は、恵比寿以外のエリアにも拠点を増やし、wine@…の「…」にどんどん新たな地名を入れていくことだ。ワイン選びのハードルが下がり、BYOが普及すれば、外食産業全体にも大きなインパクトを与えることになるだろう。
僕はこの日、セラーからカルテの推奨するワインとは対極の特徴を持ったイタリア北部の赤ワインを1本選んで買って帰った。天邪鬼と言うなかれ。好みのワインを知るは真の己を知ることなり。
ワインの海は深く広い‥‥。
Photo by Yasuyuki Ukita, wine@EBISU
浮田泰幸
うきた・やすゆき。ワイン・ジャーナリスト/ライター。広く国内外を取材し、雑誌・新聞・ウェブサイト等に寄稿。これまでに訪問したワイナリーは600軒以上に及ぶ。世界のワイン産地の魅力を多角的に紹介するトーク・イベント「wine&trip」を主催。著書に『憧れのボルドーへ』(AERA Mook)等がある。