ゴールデンウィークに入り、「こどもの日」も近い。今回は子どもが関係するワインの話をしよう。
名うてのワインメーカー、曽我貴彦さんが投稿した写真の衝撃
3月下旬のある日、フェイスブックに投稿された1枚の写真に釘付けになってしまった。そこには子どもの描いた絵のラベルが貼られたワインボトルがズラリと並んでいた。樹木、ブドウの葉、ブドウの房、伏せた犬、青とオレンジで描かれた抽象世界‥‥描かれた画題はさまざまだったが、どの絵からも屈託のないピュアな活力がレーザー照射されるような、凄まじい勢いが感じられた。
投稿者の曽我貴彦さんは、ワイン好きなら知らぬ者のないヴィニュロン(ブドウ栽培から手がけるワインメーカー)である。彼が北海道余市(よいち)町に開いた「ドメーヌ・タカヒコ」は、余市を「日本ワインブームの台風の目」(ワインジャーナリスト石井もと子氏)と言われる存在にした牽引役であり、彼が造る瑞々しく、飲み手の情緒をくすぐるようなワインは毎年リリースされるや否や入手困難となる。
くだんの写真に添えられた文章によると、曽我さんら「おやじの会」は地元の余市町立登(のぼり)小学校の児童にワイン造りを体験させている。それは子どもたちに地域の産業に興味を持ってもらうための取り組みだとのこと。ワイン造りと小学生って、なかなか結び付かないけど、なんだか面白そうだ。早速リモートで取材をすることにした。
北海道のワイン用ブドウの半分を生産するフルーツ王国
「おやじの会」のメンバーの話を聞く前に、ワイン産地としての余市について述べておこう。
道内では比較的温暖なこの地域では元々果樹の栽培が盛んだった。開拓使によって持ち込まれたブドウの苗に最初の果実がなったのは1877年(明治10年)のこと。1973年にお隣の仁木町でワイン用の欧州品種の試験栽培が始まったのを受け、翌74年には「余市ワイン」が設立される。80年代には町内の栽培農家が相次いで大手ワイナリーと栽培契約を結んだ。少し古いデータだが、全国で栽培されるワイン用ブドウの30%を北海道産が占め、道内の生産量の半分を余市が占めているという。
2010年に長野生まれの曽我さんが余市に移住し、ワイン造りを始めて高い評価を得ると、彼の下で研修をしたいという人を含め、ワイン造りを志す人たちが相次いで余市に移り住むようになった。現在、町内で操業しているワイナリーの数は15軒。このうち、曽我さんのワイナリーがある登町地区に11軒が集積している。
大人が子どもに戻りたくなるようなプログラム
曽我さんによると、「おやじの会」は登小学校に通う児童の父親たちが2019年に立ち上げたグループ。現在メンバーは11人だ。曽我さん自身にも3人の子どもがおり、上の2人が小3と小6で在学している。「僕が移って来た時、登小の生徒数は8人でした。今は13人います」。13人の内訳は、2年生5人、4年生2人、5年生3人、6年生3人。1年生と3年生はいない。児童の大半が外からの移住者か、近隣自治体からの越境通学。親の職業は、ワイン関連と農業が8割を占める。
「コロナ禍が始まる前、教員の働き方改革の一環で、子どもたちの行事が取り止めになったりして、父兄の間でこのままではまずいという話になりまして‥‥」。学校の活動とは別のかたちで子どもたちに学びの場を与えたいという気運が高まっていた矢先にコロナ禍が襲ってきた。十数人がゆったりと学んでいる小規模校であってもコロナ対策は教育委員会の指導のもと全国一律で行われる。子どもたちにとって「経験の場」はますます限られ、にわかに「おやじの会」の役割の重要度が高まった。
登小学校のHPに、「おやじの会」の活動について紹介するページがある。それによると、これまでに行ってきた行事は、
ワイン造り──収穫、仕込み、ラベル造り、瓶詰め
春の野草や山菜採り
地域の森でカブトムシ、クワガタ採り
川遊びと飯盒炊飯
海遊びとカヌー体験
余市の魚市場見学
ブドウ畑での流星群観察
モーグルチャンピオンによるスキー教室
等々‥‥。読んでいるこちらが小学生に戻って仲間に加わりたくなるような充実ぶりだ。