いつもそこにある味、存在が、どれほど私たちにとって大切か。その長い歴史には、たくさんの苦労や喜びが、ぎゅっと詰まっている。そしてその結晶は、味覚を超えた“味わい”として、今日も誰かの心に残る。 行列の先にある至福の味に店…
画像ギャラリーいつもそこにある味、存在が、どれほど私たちにとって大切か。その長い歴史には、たくさんの苦労や喜びが、ぎゅっと詰まっている。そしてその結晶は、味覚を超えた“味わい”として、今日も誰かの心に残る。
行列の先にある至福の味に店主の第2の人生が詰まっている
飯田橋の駅を降りたあたりから、どうしようもなく心が浮き立つ。人波を掻き分け掻き分け、足がもつれるように先を急ぐ。だって、あの角を曲がれば、目当ての店がある。 東京で餃子といえば『おけ以 』、『おけ以 』いえば餃子。町中華の名店だ。
定番の深緑が目を引くテーブルに、神々しく映える黄金。パリッと香ばしい羽根を歯で勢いよく突き破れば、凝縮した豚肉の旨みがあふれて、野菜の甘みが口中に充満する。すかさずビールをグビリ。仕事の忙しさも人間関係の悩みも、全部の憂鬱が吹っ飛ぶ旨さ。帰り際、生まれ変わったかのように活力が湧くのは、私だけではあるまい。
餃子630円、タンメン710円
店は昭和29年、初代が、満州での経験を生かして神保町で創業した。飯田橋に移転したのは平成に入ってから。現店主の馬道仁さんはもともと実家が建築業で、初代と親交があったため以前から店舗の修理等を請け負っていたという。ある時、店を閉めると聞き、歴史が途絶えるのは忍びないと継承を決意。以来、渡されたバトンをこの地で繋いでいる。
とはいえまったくの畑違いだ。受け継ぐ前は経営状況を知るため店先に止めたトラックから客数を調査したこともあったという。「最初は昼に十数人しかお客さんが来ない日もあってね。まともに餃子も包めないし、3~4年はパッとしなかったかな」。連日行列の現在からは信じられない話だが、看板を潰すわけにはいかないと頑張ったそうだ。ほぼ休みなく、営業後は夜中まで試行錯誤。手探りで進化させた味が、今の『おけ以』を支えている。
餃子は仕込みに3日以上かかると聞いて驚いた。何せ皮も餡も手作り。豚バラ肉を粗挽きにし、白菜は甘みを出すためボイルしてから8ミリ角に手切りする。ペースト状にした肉を冷蔵庫でひと晩置き、翌日に野菜を加えて再び1日、皮で包んで今度は冷凍庫で。すると肉が熟成されて旨みが増し、皮の余分な水分が飛んでもっちりした、食感になるという。1日に売れる数は約1300個。そのひとつにこれだけ手間がかかるとは。改めて最敬礼したくなる。
合わせて食べたいのがタンメンだ。セットで頼む時、常連客は看板の餃子に敬意を表して「ギョウタン」と呼ぶ。野菜がたっぷりで、塩味の淡いスープは染み入る旨さ。もう何だか泣けてくる。餃子ばかりに目を向けがちだが、実はニラレバなど夜の単品にもファンが多い。つくづく、いい店。
「今まで頑張ってきたのは、店を守るという使命感なんですよね。寒い日も暑い日も並んでくれるお客さんが、美味しかったと言ってくれるのが一番の喜びなんです」
ひたむきな姿勢が味に反映され、その味が客を呼ぶ。第2の人生を店の存続に捧げた、馬道さんあっての『おけ以』。そして『おけ以』あっての馬道さんなのである。
『餃子の店 おけ以』の店舗情報
住所:東京都千代田区富士見2-12-16
電話:03-3261-3930
営業時間:11時半~13時50分LO、17時~20時40分LO
定休日:日・祝、第3月
交通:JR中央線ほか飯田橋駅西口から徒歩3分
撮影/菅野祐二、取材/肥田木奈々
※店のデータは、2022年5月号発売時点の情報です。
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