「バカじゃできない、利口はやらない……」
昔に比べて、今の親方は親切に教えてくれるから羨ましいなんて書きましたが、実は、私も最近は、「言って聞かせて、やってみせ」で、噛んでふくめるように説明し、わかりやすいようにやってみせています。ただ、これを5、6回やってもできなければ、手をあげることもあります。40年前に弟子をとりはじめた頃とは違って、最近の人は親にも先生にも怒られるということがあまりないようなので最初は面食らうようです。でも、ただやさしくしていても本人にとって何もいいことはないんです。寿司屋の世界は、100人が修業に入っても、店を持てるのは10人。そのうち7人はすぐに店を潰してしまいます。私の弟子にはそうなってほしくないので、教えるときは真剣に、叱るときは心の底から叱ります。
生き馬の目を抜く大都会、東京で店を構える、そして暖簾を守り続けていくのは並大抵のことではありません。ですから、言われたことをきちんとやっているうちはまだまだです。私が教えたことにどれだけ自分の工夫を足していけるか。私自身、親方と父兄から教わったことに自分の工夫を加えた、よそではやっていない仕事が3つ、4つはあります。そのオリジナルの工夫にお客さんがついてくれることもあります。料理というものにゴールはないようで、どんどん進化します。だから面白いとも言えるんですが。
板前の修業は、「バカじゃできない、利口じゃやらない。好きじゃなけりゃ続かない」とよく言われます。「好きこそものの上手なれ」という言葉がぴったりくる世界かもしれませんね。
(本文は、2012年6月15日刊『寿司屋の親父のひとり言』に加筆修正したものです)
すし 三ツ木
住所:東京都江東区富岡1‐13‐13
電話:03‐3641‐2863
営業時間:11時半~13時半、17時~22時
定休日:第3日曜日、月曜日
交通:東西線門前仲町駅1番出口から徒歩1分