減量へのこだわりとリミットで計量をクリアする美学
村野さんの指導を受ける以前は井上選手も、水抜きに頼っていたことがありました。しかし、試合前の体調不良と重なって、試合中に100%のパフォーマンスを発揮できなかったことがあったため、その反省を生かして、現在は計量前日の体重調整で行う程度で計画的に体重管理をしています。
井上選手は著書で「減量と練習はセット」と語り、そのプロセスも重要視しています。何日前の段階でリミットまであと何キロだったかという事を次の試合の減量に生かせるように、細かく記録します。
減量期間の食生活は試合日の約1か月前からスタート。朝はロードワークがあるため朝食はその前後の補食程度ですが、昼食と夕食は普通に食事をします。本格的な減量期に入ると、食事量は大きく減りますがたんぱく質やビタミン、ミネラルを維持するために夕食は減量食として、蒸し鶏や野菜、キノコ類などを混ぜたおじやを自分で作ったり、食物繊維の多いオートミールや高たんぱく低脂質のプロテインを活用して体重をコントロールしていきます。プロテインは明治の「ザバス」を回復や肉体作りなどの目的にあわせて数種類を使い分けています。
村野さんによると井上選手は当初、プロテインにはネガティブなイメージを持っていたそうです。「摂取すると体が大きくなりすぎる」という懸念を持っていたことが理由ですが、「飲んで急激に筋肉が大きくなりすぎるということはなく、トレーニングや目的に応じて適したものを選ぶことで、自分の理想の体づくりやコンディションへ近づけることができる」という村野さんの説明により、取り入れるようになりました。
「プロテインは大きく分けて牛乳由来の『ホエイ』や『カゼイン』と、植物由来の『ソイ(大豆)』があり、井上選手は、体をつくる時期と減量期間、その時の目的やコンディションなどに応じて使い分けをしています。スピードやパワーアップを目的としたハードワークの期間にはより消化吸収が優れたホエイプロテインをメインとしており、その中でも最近はたんぱく質含有量が90%でビタミンやミネラルも強化されたハイスペックのものを摂取しています。朝のロードワーク時や走り込みの時には、リカバリーに優れた糖質も併せて摂れるもの、減量期には腹持ちが良く、減量中に不足しがちなビタミンやミネラルも一緒に摂れるソイプロテインを夕食時に、といった具合に使い方も摂取タイミングも随時井上選手と相談しながら提案していきます」
食事に関しては、栄養素を網羅すべく多くの品数と、高たんぱく低脂肪、高ビタミン・ミネラルのメニューを中心に構成します。また、塩分の摂り過ぎは血中のナトリウム濃度を高めてしまうため、摂取量には細心の注意を払います。食事量は調整していきますが、ギリギリまで栄養を取り込むべく、試合の2日前(計量前日)まで固形の食事を摂っているそうです。
体重に対しては強いこだわりがあるそうで、「計量の際、自分の階級の規定体重ピッタリに仕上げて体重計の上でポーズを決めることを美学として貫いている」(村野さん)と言います。これまで23回戦った試合のうち、もちろん計量オーバーは一度もありません。6月に行われたノニト・ドネア選手(フィリピン)との試合にぴったり53.5キロで仕上げ、計量終了後には「(減量が終わってしまう事に対し)寂しい」と余裕を感じさせるコメントを残しています。
最近ではボクシングのみならず、格闘技全体で減量失敗のニュースも散見されますが、井上選手がそれとは無縁である理由は、最後の最後まで細部にまでこだわって徹底した準備を重ねているから。あのリングでの圧巻のパフォーマンスはそういった影の努力の賜物でもあるのです。