寿司屋の親父のひとり言

「寿司屋の親父のひとり言」第23回「寿司ネタの旬 秋冬編」

東京の下町・門前仲町の『すし三ツ木』店主・三ツ木新吉さんは、2022年で74歳。中学入学と同時に稼業の寿司屋を手伝い始め、板前稼業もかれこれ60年。日本が大阪万国博覧会で沸いていた昭和45(1970)年に、深川不動尊の参道に開店した店は52周年を迎える。昭和の名店と謳われた京橋与志乃の吉祥寺店で厳しく仕込まれた腕は確かだが、親父さんのモットーは気取らないことと下町値段の明朗会計。昔ながらの江戸弁の洒脱な会話が楽しみで店を訪れる常連も多い。そんな親父さんが、寿司の歴史、昭和の板前修業のあれこれから、ネタの旬など、江戸前寿司の楽しみ方を縦横無尽に語りつくします。第23回は、これからの季節、秋冬に旨くなるお寿司のネタを教えてもらいます。特に魚に脂がのる冬は旨いもんだらけのようで。

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「寿司ネタの旬 秋冬編」

秋はなんといっても鯖!

秋が深まっていくと何を食べても美味しい季節の到来です。日本人に生まれてよかったなあって、つくづく思えるのがこれからの季節です。猛暑のあと、気力、体力を回復するため、味覚の秋に寿司を食べるなら何が旨いのか――それは何と言っても鯖(サバ)です。

江戸前の鯖といえば、三浦半島南端の松輪で水揚げされる「松輪鯖」が8月末から旬を迎えます。この秋鯖は、鯖の中でも最高級品として知られています。鯖とは思えないほど脂がのっていて、豊後水道の「関鯖」に引けをとらないほどのブランド魚ですからこれからの季節は特にオススメです。ちなみにですが、関西と違って江戸っ子はサバを生で食べる習慣はありません。だから東京では〆サバにします。

鯖を酢でしめ、同じく秋が旬の秋刀魚と鮭はかならず焼くのは、どれも寄生虫がつくからです。ちょっと古い話ですが、森繁久弥さんなどは東京湾で自ら釣った鯖を食べてアニサキスという虫に当たり、小腸切除という大手術をするほど大騒ぎになりました。

ところが最近、サーモンをネタにする寿司屋が多くなってきました。余計なお世話かもしれませんが、正直「そいつはちょっとよしといた方がいいよ」と言いたくなりますね。

そういえば、ちょっと古い江戸っ子の間では「魚に当たったら砂糖を舐めながらお茶を飲め」なんて言ったものです。じつは私、今だにやっているんです。これが結構治るもので、よくよく考えてみれば病院でブドウ糖を点滴するのと同じ理屈なんですね。先人の智恵ってのを侮っちゃいけません。

少し前の話になりますが、「O‐157」が流行って騒ぎになりましたね。あのとき、知り合いの店の若い衆が「どうしたらいいですか」と聞きに来ました。「海の魚なら真水、川の魚なら酢水で洗えば大丈夫。野菜なら水道の水で洗えばいいんだよ。カルキが強いから菌なんて死んじゃうよ」って教えたんです。それから一週間くらい経ったでしょうか、東京都が「水道水で洗えば落ちる」と発表しました。おかげで私の株も少しばっかり上がったものです。

旬は5月から7月の夏ですが、今時分ならまだまだ旨いのが鯵(アジ)です。とくに、木更津の先の金谷沖で獲れる地付きの真鯵は絶品ですね。胴から尾にかけて黄色い筋が入るので「金鯵」と呼ばれていて、松輪鯖同様、これまた豊後水道の「関鯵」に負けないブランドになって人気です。

冬は旨いもんだらけ。鮃に鰤に細魚に煮蛤……

11月から春先まで、貝類、イカと何でも美味しくなる季節です。11月1日を「寿司の日」としているのも、「さあ、これから旨いもんがたんと食えるよ」という号令のようなものです。

まず、この季節のトップバッターは鯛。春の桜鯛に対して紅葉鯛。春から夏にかけて産卵を終えた真鯛がやっと美味しくなってくる頃です。

同じく白身魚では冬の王様・鮃(ヒラメ)。これも夏に産卵を終えて、11月から3月までが美味しい時期です。ようするに、一般的に、魚は産卵期を過ぎると栄養が落ち美味しくなくなる。そして、寒くなると脂がのって美味しくなる魚が多いということです。

それから鰤(ブリ)。寒鰤と言われるくらいで12月から2月にかけての厳冬期が旬です。特に富山湾の寒鰤は脂のノリも最高で絶品です。ご存じの通り、鰤は出世魚で、関東では、ワカシ→イナダ→ワラサ→鰤。関西では、ツバス→ハマチ→メバル(メジロ)→鰤と名前が変わっていきます。

細魚(サヨリ)。これも当店では人気の一品で、醤油ではなく塩でいただいてもらっています。旬は1月から4月くらいです。

貝類では、玉挑、通称平貝、そして、赤貝に海松貝(ミルガイ)あたりが冬に旨くなってきます。特に海松貝は、貝の中では最上級の旨さで、江戸前では三浦沖で獲れます。

イカは、種類も多く産地も日本各地で獲れますから1年中美味しい。まず、秋から冬のスミイカ。春のヤリイカ。初夏から夏がアオリイカに白(剣先)イカ。スルメイカも夏場のムギイカ(スルメイカの子)に始まって、秋から美味しくなります。

鮪(マグロ)については、冷凍ものが主流ですから1年中美味しいですが、あえて言えば、脂がのってくる冬が旬ということになります。

冬の味覚で忘れちゃいけないのが鱈(タラ)の白子焼き。焼き方が難しく、うっかりするとグジャグジャになってしまう。もちろん手前どもの白子はパリッと香ばしい。ただし、この焼き方だけは企業秘密。サービス精神は人後に落ちませんが、こればっかりはご勘弁願っています。

ホクホクの白子もいいのですが、お奨めしたいのが煮蛤(ハマグリ)。当店では一押しのメニューです。5、6分硬めに煮てから漬け込むのが普通のやり方ですが、私は時間を掛けずに柔らかく仕上げます。噛んだ瞬間の食感と旨みを最大限に出すにはこれが一番。口の中に広がる味わいは格別です。

蛤といえば「その手はくわなの焼き蛤」の三重県・桑名が有名です。関東なら鹿島のジハマ、ほかにも三陸でもいい蛤が獲れます。とはいえ、昔のようには獲れなくなりました。今では稚貝を撒いて育てる養殖が主流です。国内産の「内地もの」にこだわる板前も少なくありませんが、中国産のものや、韓国で獲れた「朝鮮もの」が柔らかくて旨いのも事実。これからの時代の食は臨機応変にいかないと成り立ちません。頭と蛤は柔らかいのが一番というわけです。

(本文は、2012年6月15日刊『寿司屋の親父のひとり言』に加筆修正したものです)

すし 三ツ木

住所:東京都江東区富岡1‐13‐13
電話:03‐3641‐2863
営業時間:11時半~13時半、17時~22時
定休日:月曜日、第3日曜日
交通:東西線門前仲町駅1番出口から徒歩1分

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