検査に行った病院で得体のしれない恐怖感が!?
I君からの取材を断念した私は、ドタキャンにより日程もあいたことであるし、急遽脳ミソの精密検査を受けるため都内の大学病院へと向かった。
通読されていない読者のために説明を加えておくと、私は昨年の暮、地下鉄丸ノ内線車内において原因不明の失神をし、救急車に乗ったのである。脳溢血でもなし貧血でもなし、もちろんお得意の死んだフリでもなかった。年が明けたら至急精密検査を受けるよう、美人の救急女医から命ぜられていたのである。
幸い、版元「汐留屋」の大旦那が、かかりつけの病院を紹介して下さった。何でも順番待ちが1年半とかいうたいそうな検査だそうだが、『プリズンホテル』全4巻完結のご褒美(ほうび)に、無理を通して下さったのである。
ところで、ここだけの話だが、私は大の医者嫌いである。薬も嫌い、注射も嫌い、何よりも大病院の、あの冷ややかな閉塞感が大嫌いなのであった。嫌いというよりむしろ、私の体は病院そのものに対して生理的な拒否反応を表す。ジッと待合室に座っているだけで、腹が痛くなったり脂汗が出たりするのである。ナゼそうなるのかはわからん。しかし病院に入ると必ず、いても立ってもおられぬイヤな気分になる。
やがて、大旦那のかかりつけと覚しき、貫禄十分の大先生がやってきた。御自みずから外来手続をして下さり、1年半の予約を飛び越えて、私は日本最高レベルの脳検査を受けることと相成った。
検査室は別館の地下深くにあった。階段を降り、長い廊下を歩くほどに、私のうちなる拒否反応は次第に恐怖へと変わっていった。
いくつもの厚い扉を通り抜けるたび、閉塞感は確実に増して行く。それとともに得体の知れぬ恐怖感もヒシヒシとつのって行く。
「顔色があまり良くないですね。ご気分、悪いですか?」と、医者。
「いえ……何だかプレッシャーがかかっちゃいまして。あの、痛いとか苦しいとか、そういう検査じゃないですよね」
「大丈夫、ダイジョーブ。ちょっと窮屈なところに入って、30分ぐらいジッとしてるだけです。痛くも痒(かゆ)くもありません」
とたんに、私の足は動かなくなった。
「どうかしましたか?」
「え……い、いえ。何だかコワい感じがしたものですから……」
本当に背筋が凍えたのである。モシヤ、と思った。
考えてみれば、私は生来がワガママな自由人で、束縛というものを嫌う。窮屈な場所そのものを知らんのである。だとすると、そもそも私の病院なるものに対する拒否反応は、痛みや苦しみについてではなく、その束縛感、密室感に起因するのではなかろうか。
とりわけブ厚い最後の扉の前に、更衣室があった。そこで検査衣に着替えよという。ふと、宮沢賢治の「注文の多い料理店」などを思い出し、目の前がまっくらになった。
「あのう、30分もジッとしていなけりゃならないんですか……」
多忙にこと寄せて、私は時間を値切った。交渉事には自信があった。
「15分ぐらいにマカりませんか」
冗談だと思ったのか、医者はハッハッと笑った。
「あなたねえ、まともなら1年半も待たなけりゃならんのですよ」
それもそうだと、私は交渉をあきらめた。