シズリーナ荒井のアイス見聞録

明治時代に登場したアイスは現在の価値で8000円!?特別な食べ物が身近になった日本のアイスクリームの歴史

明治時代に登場したアイスの値段は今の約50倍 せっかくなので、私のアイスの歴史だけでなく、日本のアイスの歴史を紐解いてみましょう。 日本初のアイスクリームの誕生は明治2年(1869年)のこと。日米修好通商条約を結ぶため、…

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今でこそ、スーパーやコンビニに行けば、いつでもどこでも買うことができる「アイスクリーム」。デザートやおやつの定番として、身近な存在になりましたが、実はアイスクリームが初めて日本で登場したころは超高級品だったそうです。今回のシズリーナ荒井のアイス見聞録では、私のアイスの想い出とともに、日本のアイスの歴史について振り返ります。

カネボウフーズ時代の懐かしアイスが!

前回、ヨーロピアンシュガーコーンの取材でクラシエフーズさんにお邪魔したところ、取材用資料として過去のカタログなども用意いただけました。そこには私にとっての懐かしいアイスのパッケージや販促用のグッズがずらり!

シズリーナ荒井もびっくりのクラシエフーズさんのアーカイブ

そこにはなんとカネボウフーズ(現:クラシエフーズ)が90年代に発売していた「ソーダコング」が!

チョコソーダ、チョコバナナソーダという攻めたフレーバー(カネボウフーズ1992年春夏カタログより)

良い意味でツッコミどころしかないですが、シャリッ!とした食感のソーダアイスの中にねっとり(しっとり)としたチョコソースが入ったアイスバーで3層構造と当時としては珍しい商品。私の懐かし想い出アイスです。

筆者をアイス研究家へ導いたと言っても過言ではない「ソーダコング」

1歳1ヶ月からガリガリ君ソーダ味を食べて育ってきた私とすると、ソーダアイスの中にチョコソースが入っているアイスは感動そのものでした。当時アイスといえば50円前後くらいが相場のなか100円の商品は6歳の自分にとって高級品。アイスは無くなっても味と思い出は残っています。

まるで部屋の掃除中に見つけた卒業アルバムを見入るような筆者

今回クラシエフーズさんの取材を通じて、アイスカタログ(過去に販売されていた貴重な資料)と出会うことができました。アイスカタログをパラパラと見ていると当時食べたことのあるアイスは懐かしい思い出とともに食べた気になれました!

明治時代に登場したアイスの値段は今の約50倍

せっかくなので、私のアイスの歴史だけでなく、日本のアイスの歴史を紐解いてみましょう。

日本初のアイスクリームの誕生は明治2年(1869年)のこと。日米修好通商条約を結ぶため、アメリカに渡った使節団のひとりだった町田房蔵(まちだふさぞう)が、横浜市の馬車道通りにアイスクリームのお店「氷水屋」を開店し、「あいすくりん」という商品名で発売したそうです。

原料は牛乳・砂糖・卵黄と、今よりもシンプルなレシピで構成され、シャーベットのような食感であっさりとしていたそうです。小さなガラスの器にひと盛りされた「あいすくりん」の気になるそのお値段は、現在の価値換算で…約8000円と50倍(メーカー希望価格平均160円で計算※シズリーナ荒井調べ)です。

やっとアイスクリームが身近になるきっかけは、大正時代。

大正時代になると、アイスクリームは喫茶店やレストラン、ホテルなどで提供されはじめ、オシャレなデザートとして多くの人に親しまれるようになります。

日本のアイスクリーム産業は、大正9年に冨士食料品工業が東京の深川に工場を建設したことから始まります。翌年(大正10年)には、極東練乳(明治乳業の前身)が静岡県の三島工場でアメリカから輸入した横型フリーザーを使ってアイスクリームの製造を始めています。

当時のアイスクリームはカップ入りではなく、ブリックアイスクリーム(Brick=レンガ)というバターのように四角い長方形で、チョコレート・ストロベリー・レモンの「3色アイス」が箱に入ったタイプでした。当時のアイスクリームの輸送は、気温の低くなる夜中を選び工場の近くにある沼津駅から専用の急行貨車を使って東京・汐留駅(汐留駅貨物停車場)に送られていました。

今でこそ、濃厚系アイスクリームはご褒美アイスとして特別な存在ですが、当時は違かったようです。当時の消費者認識では「アイスクリーム=あいすくりん」。材料は牛乳と卵、砂糖で作ったシャーベットのようなさっぱりとしたものがアイスクリームでした。当時、三島工場で作られていたアイスクリームは乳脂肪分が高く、脂っこい印象を与えてしまい粗悪品と勘違いされてしまい、受け入れてもらうまでに時間を要したそうです。

大正後期から一気にアイスクリームが進化

アイスクリームの需要が夏場であり、輸送技術や保冷技術がまだ十分ではなかったこともあって、販売は生産された地域に偏る傾向にありました。アイスクリーム工場や小売店は冬場に生産し、販売する商品にさまざまな知恵を絞ってきた。大正後期から昭和にかけて、アイスクリームが一気に普及していきます。 昭和になると、家庭用冷蔵庫が普及して以降、アイスはますます身近なものになり形がどんどん進化していきます。

今では当たり前のように販売されている「カップアイス」が登場したのも、昭和の初期。その後さらなる進化を遂げ人気を集めたのが、「アイスキャンデー」。シンプルな材料で簡単につくれることから、家庭でも作れるアイスとしての主流となりました。 そして、昭和30年代にはサクサク食感で人気の「コーンアイス」が登場し、昭和61年には先の回で紹介したヨーロピアンシュガーコーンが発売され35年以上のロングセラー商品となっています。

ヨーロピアンシュガーコーン

明治2年から考えるとアイスの歴史は154年が経過した現在……2020年度のアイスクリーム販売実績は5197億円に上り、過去最高を記録。初めはあんなに高級品だったアイスを、こうしてデザートやおやつの定番としてみんなが食べられるようになったのも、長い歴史のなかで技術の進歩があったからこそだと思います。時代背景を知ることで、もっとアイス選びがもっと楽しくなりそうですね。

人によって、懐かしいアイスといえば「宝石箱(雪印乳業)」や「ダブルソーダ(森永乳業)」、「バニラブルー(雪印乳業)」「クロキュラー&アカキュラー(ロッテ)」など…あるかと思いますが、 アナタにとって思い出のアイスはなんですか?

アイスは私たちの生活を彩ってくれる欠かせない存在かもしれませんね。

文・写真/シズリーナ荒井、資料提供/クラシエフーズ

シズリーナ荒井

初めてアイスを食べたのは“1歳一ヵ月”(証拠映像資料有り)。人生で52,000個以上ものアイスを食べた記録を保持するアイスマニアであり、日本一アイスを愛するスーパーアイスマン。

どうしたらより美味しくアイスクリームを食べられるかを真剣に考え、氷菓子(アイス、ソフトクリーム、ジェラート、かき氷)の研究を開始。氷菓子は原材料が同じでありながら製品温度が異なることで感じ取れる味が違うことを発見!

食べ方をデザインする“イートデザイナー”として市販アイスのアレンジレシピや企業同士の商品コラボを手がけており、“かけ合わせグルメ”「雪見カレーヌードル」の考案者として、SNSで話題に!

年間4,000種類以上のアイスクリームをテイスティング。アイス現場のすべてを知りつくすアイスジャーナリストとして活躍中!2021年6月には著書『コンビニ&スーパーのアイスが極上スイーツに! 魔法のアイスレシピ』(KADOKAWA)を出版。

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