酒の造り手だって、そりゃ酒を飲む。誰よりもその酒のことを知り、我が子のように愛する醸造のプロ「杜氏」は、一体どのように呑んでいるのか。今回は、埼玉県秩父市にあるベンチャーウイスキーを訪ねた。お聞きした相手は、社長でマスターブレンダーの肥土伊知郎(あくと・いちろう)さん。「杜氏」という言葉が、日本酒を醸す人を指すのなら、肥土さんは違う。ただ、蒸留するウイスキーの責任者として、未来の姿を想像しつつ完成させる姿は杜氏そのものだ。
2004年、埼玉県『ベンチャーウイスキー』を設立
【肥土伊知郎氏】
1965年、埼玉県生まれ。実家は造り酒屋の東亜酒造。東京農大醸造学科卒業後、サントリーへ入社。2004年にベンチャーウイスキーを設立し、実家に残された原酒からウイスキー販売を開始。2007年から蒸留を続けている。
お酒は毎晩必ず、ウイスキーは欠かさず
「お酒は毎晩必ず。何でも飲むが、ウイスキーは欠かさず酌む」と杜氏は言った。
「イチローズモルト」を製造するベンチャーウイスキーの社長、そしてマスターブレンダーの肥土伊知郎さんだ。夕飯を自宅で食べることはほとんどないと言う彼の、仕事が終わってからの典型的な過ごし方はこうだ。
秩父市街にある行きつけのバーに繰り出し、まずはジントニックを一杯。ゴクゴクと乾いた喉を潤す。それからウイスキーをショットで3杯ほど。海外産と国内産を問わず、シングルモルトもブレンデッドも、熟成期間も様々にその時の気分に合わせて選ぶ。
「ウイスキーは寒暖差のある地で長く熟成させることで口当たりがよくなり、果実香が出て風味が豊かになっていく。時間が加わってようやく完成するお酒なんです。世界中のウイスキーを飲み、年数を経てどう変化するかを探る。自分の舌を信じて、想像力を働かせて仕事に取り組むことが大事だと思っています。ですから、バー巡りも欠かさずやっているんです」
何と仕事熱心なことか。毎日のようにチェックするのは「イチローズモルト」で最もリーズナブルな「モルト&グレーン」。ショットで飲むなら、食事はせずナッツやチョコレートをつまむ程度。羊羹などの和菓子もお気に入りだ。