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「なぜトイレがない?」への長老の回答とは?

まだフェザーボールが全盛だった時代、ノース・ベリックのクラブハウスに一枚の掲示が貼られた。

「ゴルファー諸君に告ぐ。一刻も早く球打ちに取りかかりたい気持ちはよくわかる。しかし、ちょっと待て。たとえ催していなくてもトイレに寄るのが紳士の嗜み、時間のかかる話ではない。とくに海岸は淑女たちの散歩道、このところ『貧相なお道具』のチン列に苦情しきりである。よってここにコース内での用足し厳禁を通達する」

1882年とあるから、クラブが結成されて50年目のこと。ノース・ベリックといえばリンクスに広がる36ホールの名門。東コースの突き当たりに若干の茂みがあるだけで、一望の眺めは立ちションに具合が悪い状況だった。つまり、催した者は海に向かって立つ按配になるが、一段低い浜辺には散策を楽しむ市民がいる。ときには、

「頭上から飛沫が降ってきた。どうしてくれるんだ!」

と、クラブに怒鳴り込む者もいた。

一方、1927年10月号の「アメリカン・ゴルファー」誌に、初めて本場スコットランドの特集記事が掲載されたが、奇しくも文中、早くも「トイレ事情」が紹介されている。

「この国でプレーする場合、以下に述べる3項目だけは厳守しなければならない。まず雨傘の用意、ハンディの数だけのボール、そしてスタート前、必ずトイレに行くことだ。

もし途中で猶予ならざる事態に追い込まれたとしよう。きみは心底、この国の非人道的仕打ちに立腹するはずだ。何しろ身を隠す樹木とて見当たらない茫洋のリンクスに、稀に建っていても資材置場だけ、ただの1ヵ所としてトイレがないのである。この不都合を地元民にただしたところ、彼らは哄笑しながら次のように答えた。

『見渡す限りがトイレだ。なぜ狭い場所に入りたがるのだろう。どこかに劣等感でもあるのかね?』

私には、それを笑うだけの勇気がなかった」(マーク・ルピノ記者)

この記事から60年近く経過した1982年、オーストラリアの「トラベル・ジャーナル」では、ゴルフの聖地巡礼の旅を特集した。それによると、ハイランド98ゴルフ場のうち、「コース内にトイレがある」と答えたのは僅か3コースにすぎなかった。

あんなもの、ただポツンと建てればいいだけのこと、なぜ何世紀にもわたって設置を拒むのか、そのあたりをスコットランド・ゴルフ界の長老に尋ねたところ、醤油で煮しめたような爺さんがウィンクして曰く、

「バカだねェ。トイレを作ったら、オンナが押し寄せてくるじゃないか」

(本文は、2000年5月15日刊『ナイス・ボギー』講談社文庫からの抜粋です)

『ナイス・ボギー』 (講談社文庫) Kindle版

夏坂健

1936年、横浜市生まれ。2000年1月19日逝去。共同通信記者、月刊ペン編集長を経て、作家活動に入る。食、ゴルフのエッセイ、ノンフィクション、翻訳に多くの名著を残した。毎年フランスで開催される「ゴルフ・サミット」に唯一アジアから招聘された。また、トップ・アマチュア・ゴルファーとしても活躍した。著書に、『ゴルファーを笑え!』『地球ゴルフ倶楽部』『ゴルフを以って人を観ん』『ゴルフの神様』『ゴルフの処方箋』『美食・大食家びっくり事典』など多数。

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おとなの週末Web編集部 今井
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