砂丘の掘建て小屋の奥に3本のピンフラッグ
1875年、リストウェルに住む不動産業者、C・M・モンセラットは鉄道会社の人間と連れ立って、背丈より高い葦の茂みをかきわけながら砂丘の中央まで踏破した。
そのとき、突如として流木などを集めて作ったと思われる奇妙な形の小屋が出現してわが目を疑った。しかも、信じられないことに小屋の前の斜面が整えられて、なんと3本の手作りのピンフラッグがはためいているではないか。
「にわかに信じられない光景だった。僻地といって、この世にこれ以上隔離された土地もないだろう。そこに人が住み、しかもゴルフコースまで作って暮らすとは、いかなる人物なのか」
彼はリマリックの『市史』に、こう書いている。
夕刻まで待つことしばし、やがて葦をかきわけて一人の老人が姿を現わした。伸び放題の白髪は肩まで届き、眼光炯々、骨格逞しく、身にまとう衣服は粗末だったが、日焼けした表情に稚気が宿って笑顔も人なつこかった。
老人は不意の来客に驚いた様子だったが、怪しい者ではないとわかると、トム・ハリントンと名乗って、小屋に招き入れてくれた。
「界隈には無数のウサギとシカが棲息するので肉に不自由しないし、河口まで出掛ければ、サケ、ニシン、カニも取り放題。ここは美食の宝庫だと、老人は言った。また、10年前から1人暮らしをしているが、別に不自由など感じたこともない、文明社会のほうが不自由なものよ、と呵々大笑した」(同書より)
不動産業者のモンセラットは、自分がゴルフ好きだったこともあって、何よりもまず3本のピンフラッグについて尋ねてみた。
「若いころからゴルフが好きでな。僻地に1人でいられるのも、ゴルフあってこそ。何しろご覧の通り周囲は砂だらけ、バンカーショットだけは誰にも負けんぞ」
「ゴルフは、いつごろから?」
「物心ついたときには、もうクラブを振っとった。スコットランドのマッセルバラで暮らしていたころには、仕事よりゴルフに費やす時間のほうが倍も多かったものよ」
「なぜ、ここに?」
老人は答えず、逆に質問に転じた。
「あなた方は、どんな用事かな?」
「砂丘の先端に別荘地の開発を考えています。また、こちらの鉄道会社では新しい線路の敷設も考慮中です。さらにL&B鉄道では、ゴルフコースが作れないか、検討しています。ところが来てみると、すでにピンフラッグが立っている、本当に驚きました」
「邪魔はしないよ。私は大自然の片隅を寸借するだけの人間、いつでも立ち去る用意がある。ここで諸君に忠告しておこう。この土地は複雑怪奇、砂丘でありながら小川が流れ、予想外に深い谷も点在する。十分に注意しないと怪我人が出るだろう」