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コース設計にも詳しい謎の老人

町に戻ったモンセラットは、遭遇した不思議な老人の話をする際、「Un-worldly man」と表現する。浮世離れした人間、あるいは仙人とでも訳そうか。

うわさが広まって、わざわざ小屋を覗きに行く者もあったが、老人は嫌な顔ひとつせず、自分で考案した罠について説明したり、魚が多く獲れる場所まで町民に教えるのだった。

半年後、すべての計画がスタートした。老人は土地案内人として月5ポンドで鉄道会社と契約したが、1893年になってゴルフ場工事が始まると、いきなり思いがけない才能が発揮された。子細に図面を眺めていた彼が、やがて首を振りながら言った。

「これでは平凡なコースで終わってしまう。リンクスの特性が生かされていない。バリバニョンの砂丘は神が創造されたもの、その摂理に従って地形が命ずるままにレイアウトすべきである」

乞われるままに、老人は一枚の図面を完成させた。これぞ1898年8月まで存続した初期のバリバニョンの18ホールであり、現在でも6ホールが原形を保っている。各ホールとも雄大な起伏と調和し、太古から茂るラフがハザードとして起用される見事な設計であり、老人がただ者でないことを物語っている。

「トム・ハリントンとは、何者か?」

クラブ史はもとより、リマリック市に残る古文書、鉄道会社の資料まで当たってみたが、いまだ正体がわからない。自ら巧みにボールを打ってレイアウトに修正まで加えたというから、並みのゴルファーではないだろう。

あるいは赤痢の蔓延によって家族を失い、マッセルバラから何処ともなく立ち去った全英ストローク選手権の覇者、トム・バーウィクの意外な晩年の姿だろうか? そうだとしたらゴルフ史上の新発見になるはずだ。ああ、また今夜も眠れそうにない。

(本文は、2000年5月15日刊『ナイス・ボギー』講談社文庫からの抜粋です)

『ナイス・ボギー』 (講談社文庫) Kindle版

夏坂健

1936年、横浜市生まれ。2000年1月19日逝去。共同通信記者、月刊ペン編集長を経て、作家活動に入る。食、ゴルフのエッセイ、ノンフィクション、翻訳に多くの名著を残した。毎年フランスで開催される「ゴルフ・サミット」に唯一アジアから招聘された。また、トップ・アマチュア・ゴルファーとしても活躍した。著書に、『ゴルファーを笑え!』『地球ゴルフ倶楽部』『ゴルフを以って人を観ん』『ゴルフの神様』『ゴルフの処方箋』『美食・大食家びっくり事典』など多数。

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おとなの週末Web編集部 今井
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