パンチ号が我が家にやってきた経緯
10年前のある晩、肉体労働に疲れて畑の中の家に帰ってみると、貧相な仔犬が13匹の猫に囲まれて怯えていた。
これはいってえどういうわけだとババアに訊けば、よく知らない人がマンションに引越すにあたり、この犬を保健所に連れて行かねばならぬというから、それじゃあんまりご生が悪い、うちで飼ってやろう、ということになったんだそうだ。
冗談じゃあねえ、と私は怒鳴った。そのころ私は不渡りをとばし、原稿も売れず、ひどい貧乏をしていた。人間のメシはおろか猫の餌代にもことかく有様で、キャッツフードが買えぬために、毎日13匹の猫にわびながらカツブシごはんを食わせていたのであった。
しかしおまえ……と老母のよわり果てた視線を追えば、なななんと縁先によく知らない家族がいるではないか。
やっぱりご迷惑だよ、とおやじ。
あきらめなさい、とおふくろ。
中学1年生ぐらいの娘が手の甲を瞼にあてて、シクシクと泣いていた。
やがて女の子はきっぱりとあきらめた感じで、「パンチ」、と呼んだ。仔犬は尻尾を振って駆け寄り、明日は保健所行きの運命を知ってか知らんでか、キュンキュンと鳴いた。
ねえパパかわいそうだよ、と当時小学校に入ったばかりのわが娘が袖をひいた。
かわいそうであった。一番かわいそうなのは13匹の猫のうえに犬を飼わされるハメになった私であったが、パンチ号はその次ぐらいにかわいそうであった。
で、女の子から犬を抱きとって飼うことにした。
月あかりの道を、よく知らない家族は帰って行った。少女はいつまでも手を振っており、夜のしじまに白い掌が消えてからも、「パンチィ」と呼ぶ声はしばらく聴こえていた。
パンチは鼻を鳴らして飼主のあとを追おうとした。
そのとき、彼と約束したのである。おまえはきょうから、俺の子だと。