能登半島地震で甚大な被害を受けた能登は、酒造りの盛んな地域で有名だ。能登の酒蔵が前を向き、歩みを続けるためのプロジェクトが始まっている。今後、能登の酒造りはどうなるのか。プロジェクトの行方を追った。 全国の酒蔵と共同で酒…
画像ギャラリー能登半島地震で甚大な被害を受けた能登は、酒造りの盛んな地域で有名だ。能登の酒蔵が前を向き、歩みを続けるためのプロジェクトが始まっている。今後、能登の酒造りはどうなるのか。プロジェクトの行方を追った。
全国の酒蔵と共同で酒造り「能登の酒を止めるな!」プロジェクト
日本酒造りの世界には、「日本四大杜氏」と呼ばれる専門家集団がいるのをご存じだろうか。岩手県の南部杜氏、新潟県の越後杜氏、兵庫県の但馬杜氏、そして石川県能登地方の能登杜氏。「酒造りの神様」と呼ばれ、日本の名工として選出されている農口尚彦(のぐち・なおひこ)氏(91)も能登杜氏だ。能登半島だけでも20近い酒蔵があるという。
そんな能登を襲ったのが、2024年1月1日の能登半島地震。被災した能登の人々、そして酒蔵を同業者として何かできないかとまず動いたのが清酒「手取川(てどりがわ)」などで有名な石川県白山市の酒蔵『吉田酒造店』(明治3年創業)の社長で、7代目杜氏の吉田泰之さんだった。
全国の気鋭の酒蔵が集まるイベント「若手の夜明け」の主催者「camo」代表取締役のカワナアキ氏からの声がけもあって、1月31日には「能登の酒を止めるな!被災日本酒蔵共同醸造支援プロジェクト」をスタート。クラウドファンディングでプロジェクトの資金を集める試みだ。
全国の酒蔵に協力を求めて共同で日本酒を造り、被災蔵の銘柄の流通を止めない仕組みを作ることが目的。「アタラシイものや体験応援の購入サービス」を行う『Makuake』で4月28日まで実施される。すでに2000人以上がサポーターとなり、応援購入総額は目標金額100万円を大きく上回る4000万円に達しようとしている(4月22日時点)。
「5年は酒造りができなくなるだろう」
吉田酒造店のある白山市は金沢市の南西に隣接。地震で大きな被害はなかったというが、能登には何人かの社員のほか酒蔵や酒販店、米農家、飲食店などお世話になっている人たちが大勢いた。
「震災直後、現地で目にしたのは、普段から仲良くしてくださっているみなさんの酒蔵が全壊した状態。生活の見通しも立たないし、5年ほどは酒造りができなくなるだろうということでした。支援したい気持ちはあるものの、能登以外の地域も被害に遭っているところも多い。行政の動きも見えませんでしたし、石川県だけでフォローしていくのは困難だと感じました。そこで『若手の夜明け』のつながりを通じ、委託醸造という形でこの企画を始めました」(以下、吉田さん)
「若手の夜明け」とは、全国28都道府県から46蔵の若手醸造家が集った日本酒イベント『若手の夜明け2023 AUTUMN』のこと。2023年9月13日~16日、東京・大手町で開催され、日本酒ファンでにぎわった。吉田酒造店も参加し、吉田さんも他の酒蔵の人たちと期間中、交流を重ねることができた。
「日本各地では、震災などいろいろな自然災害が起きています。今後こういう災害があったときに助け合えるようなモデルケースを作ることができたらと考えました」
2023年5月の地震でも被災、北陸新幹線開通に向け頑張っていたのに…
2023年5月にも、能登では最大震度6を観測する地震があり、能登の酒蔵に被害が出た。ただ、2024年3月16日には、北陸新幹線の金沢~敦賀(福井県)間の開通が控えていた。モノや人の流れが増えるこのタイミングを逸してはいけないと、各酒蔵はお金をかけて修復し、酒の仕込みを始めていた。元日の地震は、そんな時に起きた。
能登の酒蔵は、輪島の朝市観光に来る客をメインとするような、地元で消費される量を作っている小規模のところが多い。昔ながらの土蔵・木造という設備のままの酒蔵は少なくなく、今回の地震で全壊してしまった。
とにかくお米をお酒にして、お金に
「酒造りをスタートするタイミングだったため、蔵にはたくさんのお米がありました。酒造りが一旦止まってしまったので、お米をそのままにしておくと負債しか残りません。それでは再建は望めない。そのお米を少しずつでもお酒にしてお金に換え、能登の蔵元の安定的な収入源にすることが大切。地元で再建できるかわかりませんが、とにかくお金を貯めて、いいスタートが切れるようにという思いでやっています」
震災後2週間ほどは、再建はもう考えられないと諦めている酒蔵がいくつかあったのだという。吉田さんは、「このプロジェクトで、多くの人の応援があったおかげで、再建に向けてなんとか気持ちを立て直せました」と話す。
共同醸造は3月から一部の酒蔵で既に始めている。松波酒造(能登町)×土田酒造(群馬県川場村)、数馬酒造(能登町)×吉田酒造店など。『Makuake』のサイトには、プロジェクトの進捗状況が随時更新され、4月11日のレポートでは、「約1000kmの距離を超えた技術交流」として、鶴野酒造店(能登町)×福田酒造(長崎県平戸市)の仕込みの様子がつづられている。
5月17日~19日、東京・渋谷のイベントで、その“一杯”が飲める!
共同醸造された日本酒は、まもなく飲める。
2024年5月17日から19日にかけ、東京・渋谷の4階建て公園&商業施設「MIYASHITA PARK」で開催される「SAKE PARK3杯」。この日本酒・クラフトサケの飲み比べイベントで、共同醸造された日本酒が飲めるブースが出店予定となっており、いち早く味わうことができるのだ。
酒屋でこれまでも能登の酒を置いてくれるのか
一時は絶望的だった今年の酒造りに光明が差した。しかし、まだ、大きな課題が残る。なんとしても確保しなければならないのが、商品の流通先だ。
「酒屋さんで、お酒を売るスペースは限られています。これまでは能登の銘柄を置いていたとしても、入荷がなくなると、新しい取引が始まらざるを得ません。数年後に復活したときにまたお願いしますと言っても、新たな関係性を構築する必要があります。お酒を造ったはいいけれど、どこに売ればいいかという問題が生じるわけです。今回の企画を通して、ご協力くださっている県外の蔵元さんの流通力をお借りしたいという思いもあります」
東日本大震災で被災した蔵元からのエール
今回の委託醸造で県外の蔵にお願いした理由の一つに、能登の蔵元が復活した後に、本当にお酒が能登で売れるのかという懸念もあったそう。
「みんな地元に戻ってもう一度酒造りをしたいと考えていますし、地元からも温かい応援をいただいています。しかし、今回の震災で能登の人口がかなり減る可能性があります。町の再建も数年はかかります。酒蔵の復活後に、そこで働いてくれる人がいるのか、そこでお米は取れるのか、造った酒を購入してくれるのかなど、いろいろなことを考えなければいけません」
「東日本大震災で被害を受けて移転した後も、活躍されている東北の蔵元さんが多いことは励みになっています。その方々からは、『何でも手伝うよ』という声をたくさんいただいています。『東北が復活したんだから能登も大丈夫』と、みんなが応援してくれているので頑張っていこうと思います」
プロジェクト第2弾ではワンランク上の酒を出す
最後に吉田さんからメッセージをいただいた。
「能登の人たちの底力を感じることの一つに、能登各地のさまざまな祭りがあります。彼らは祭りが大好きで、(特別なことを行うときの)エネルギーがすごい。能登は底力があるので必ず復活はしますが、やはり時間はかかります。長い期間でのご支援をいただけたらありがたいです。金沢など県内の経済が動き出すと、能登の再建も早くなりますので、ぜひ石川にもお越しいただけたらと思っています」
今回のプロジェクトで終わらず、第2弾の酒造りもすでに動き出している。
「第2弾では、コンクールに出すための特別なお米を使って、ワンランク上のお酒を出していきます。7月か8月頃にはプロジェクトをスタートしたいと思っています」
コラボレーションしたお酒ができた際には、ぜひ乾杯したい。
「能登の酒を止めるな」プロジェクトページ
https://www.makuake.com/project/noto_sake1/
「SAKE PARK3杯」プロジェクトページ
https://www.makuake.com/project/sakepark3
文/市村幸妙、写真/吉田酒造店、平和酒造(SAKE PARK)提供