館内に「男はつらいよ」シリーズのポスター、寅さんの部屋
赤ちょうちんが下がり、ノスタルジー感じる情緒ある石畳は、寅さん映画のロケ地にもなった。昭和57(1982)年に公開された第30作「男はつらいよ 花も嵐も寅次郎」で映画に登場したのは、この石畳と湯平駅。この映画で田中裕子さんと沢田研二さんが訪れた「湯平荘」として映ったのは、「旅館 白雲荘」の外観部分だという。
山城屋は、同作の舞台ではないが、館主が寅さんファンだったことから、「男はつらいよ」シリーズの全ポスターを掲示。湯平温泉ゆかりの書籍や資料を個人的に集めていたことから、「寅さんの部屋」を設けている。
令和2(2020)年の豪雨による災害時には、同作の山田洋次監督をはじめ、出演者の沢田研二さん、田中裕子さんの直筆応援メッセージが書かれた等身大パネルも届き、温泉街の石畳入口に飾られた。
令和6(2024)年、山城屋にテレビ東京のバラエティー番組「出川哲朗の充電させてもらえませんか?」の撮影隊が来た。本当は由布院温泉がゴールだったが、間に合いそうになくて、急遽、打診があったそうだ。
「本当は、うちはロケ地ではないんですが、スタッフの方がたまたま聞き込みをした民家の人がそう答えたそうで……。偶然に、何の予定もなく、(出演者の)出川哲朗さんが来ると聞いて、本当に驚きましたよ。しかも、共演の(女優でタレントの)井上咲楽さんは、お父さんが寅さんファンだったから『さくら』と名前がつけられたそうで。これも寅さんが連れてきてくれたご縁なのでしょう」(二宮さん)。
奇しくもロケの翌日は、秘伝の味噌を完成させたおばあちゃんが亡くなった日。その日は忘れられない1日になったとか。店主から、直接そんな話を聞けるのも小さな宿ならではの楽しみの一つだ。
「また来たよ」と言って気軽に訪ねたくなる宿
遠くにあって行きにくいけど、「また来たよ」と言って、気軽に訪ねたくなる。そんな宿のリストがあるとしたら、山城屋を真っ先に加えたい。
各地で外国語堪能なスタッフを置く宿も増えているが、「言葉に自信がないから、外国人客を受け入れるのは無理」と決めつけている宿もまだまだ多い。とくに山城屋のような家族中心の小さな宿にその傾向は強い。
そんななか、「やさしい日本語」と「笑顔」で肩肘張らない接客をして、お客様の信頼を得た山城屋。リアルな接客だけでなくITでの情報発信も駆使してお客様の「安心感」は「満足感」となり、さらにリピーターへとつながっていった。
「最高のおもてなしは、安心感から生まれる」と二宮さん。2024年に発刊した著書のタイトル通り、『山奥の小さな旅館に外国人客が何度も来たくなる理由』はそれだった。
【湯平温泉】
花合野川の渓流沿いにあり、江戸時代に造られた風情ある石畳に沿って宿や飲食店、共同湯がある。開湯は鎌倉時代とされ、猿が温泉に入っているところを、木こりが見つけた。かつて共同浴場は5つあったが、令和2(2020)年の九州豪雨で川べりの「砂湯」など3つが閉鎖となり、現在は「中の湯」「銀の湯」の2カ所のみ入れる。旅館は現在19軒。
【宿データ】
『旅館 山城屋』
住所:大分県由布市湯布院町湯平309−1
電話:0977-86-2462
泉質:単純温泉
アクセス:湯平駅から送迎車で約10分(要予約)
https://e-yamashiroya.jp
文・写真/野添ちかこ
温泉と宿のライター、旅行作家。「心まであったかくする旅」をテーマに日々奔走中。「NIKKEIプラス1」(日本経済新聞土曜日版)に「湯の心旅」、「旅の手帖」(交通新聞社)に「会いに行きたい温泉宿」を連載中。著書に『旅行ライターになろう!』(青弓社)や『千葉の湯めぐり』(幹書房)。岐阜県中部山岳国立公園活性化プロジェクト顧問、熊野古道女子部理事。