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東京・奥多摩湖の「第二の箱根」構想はなぜ幻となったのか

多摩川を小河内(おごうち)ダムによってせき止めたことで作られた「奥多摩湖」。ダム建設に際して敷設された貨物線は当初、西武新宿駅と奥多摩湖を結ぶ「観光列車」に転身すると計画されていました。しかし、この構想は実現することなく廃線となってしまったのです。この計画はなぜ叶わなかったのか、理由を明らかにします。

中山隧道を抜け、爆煙を上げながら山を登る蒸気機関車がけん引する貨物列車=1955(昭和30)年頃、東京都奥多摩町、写真提供/JLNA
マップ上の「丸数字1と2」の間にある「廃線跡」と書かれた位置で、ハイキングコースは旧小河内線の線路(踏切)を横断する。トンネルは「第3氷川トンネル」=2014(平成26)年10月20日、東京都奥多摩町、写真提供/奥多摩観光協会
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『おとなの週末』Web編集部
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