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高架化によって車窓が一変した東横線の昔の姿

都市計画や鉄道路線網の整備により、地下化や高架化される鉄道路線が少なくない。東急東横線もそのなかのひとつであり、この60年で車窓からの景色が一変している。今回は、地ベタを走っていたころの東横線を写真とともに振り返る。

1930(昭和5)年ごろの都立大学駅。当時は「柿ノ木坂駅」という名で、駅の場所は今よりも渋谷側にあった。奥に写る立体交差(道路)は、現在の目黒通り=写真/宮田道一コレクション
一つ前の写真(1930(昭和5)年ごろの都立大学駅)とほぼ同じ位置で撮影した現況写真。当時の面影は見る影もない=2025年11月21日、目黒区中根
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「玉電・砧線」の面影を探して
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『おとなの週末』Web編集部
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