2026年3月28日にグランドオープンしたJR線と東急線の大井町駅に直結する商業ビル街区「大井町トラックス」。駅に隣接するJR用地の一部を再開発してできたこの商業施設は、ショップ&レストラン、ホテル、レジデンス、オフィス&コンファレンス、シネマを備え、大井町に新風を吹き込んだ。その一方で133年前に造られた由緒あるレンガ造りの建物が、ひっそりと消え去ったことをご存じだろうか。明治の鉄道創業期から走りはじめた高貴な方が乗る鉄道車両の車庫があったことを。その一部は、新しい街の一角で保存されているが、「レンガ車庫」としか説明にはない。鉄道工場の誇りでもあった「高貴な車両」を格納していたレンガ造りの建物とは、どんなものだったのだろうか。
※トップ画像は、大井町駅に直結する「大井町トラックス」の一角に保存される“レンガ車庫”と呼ばれる築113年を迎える「御料車庫」の一部=2026年3月30日、品川区広町
高貴な車両の格納庫「レンガ車庫」の誕生
日本にはじめて鉄道が開業したのは、1872(明治5)年10月14日〔旧暦9月12日〕。新橋駅(旧・汐留駅)から横浜駅(現・桜木町駅)を結んだ官設鉄道(明治新政府主導による鉄道事業)だ。じつのところ、当初予定された開業日は、縁起を担いだ旧暦の9月9日で、長寿や繁栄を祈る「重陽(ちょうよう)の節句」の日だった。
しかし、降り続く雨のため開業式は3日後に延期され、9月12日=新暦の10月14日に明治天皇が出席されるなかで行われた。とはいうものの、この鉄道は開業式よりも4か月も前となる5月7日から、品川駅~横浜駅間を”仮開業”させて陸蒸気(おかじょうき=SLが客車をけん引)による旅客列車の運転を開始していた。この「陸蒸気」というコトバは、かの福沢諭吉氏が命名した造語といわれる。
明治天皇も開業式以前となる7月12日に、横浜駅(当時は野毛ステーションと呼んだ)から品川駅まで乗車している。これが世にいう高貴な方が乗る列車を意味する「御召列車(おめしれっしゃ)」のはじまりである。この御召列車の車両は、当時の新橋駅(のちの汐留駅)に隣接して設けられていた工部省鉄道寮新橋工場に専用の車庫があった。この車庫のなかには、高貴な方が乗られる車両である「御料車(ごりょうしゃ)」と呼ばれる車両が格納されていた。
明治の終わりごろになると、貨物列車の取扱量が増加し、新橋駅を拡張することになった。このため、新橋工場とともに御料車庫(ごりょうしゃこ)も、1910(明治43)年4月から1915(大正4)年7月にかけて荏原郡大井町の地へ移転した。現在の東京総合車両センター(旧・国鉄大井工場)の歴史は、ここからはじまった。鉄道工場の敷地内には、2代目となる御料車庫が新たに設けられた。この車庫こそ、1913(大正2)年に誕生した「レンガ車庫」なのである。
そして現在、このレンガ車庫の外壁の一部が、大井町トラックスの一角(交通広場)に移築・展示されているというわけだ。



















