建造から95年、国の重要文化財に指定された現役の「鉄道可動橋」 大正時代にアメリカで学んだ橋梁技術を実践した日本の“可動橋王”とは #三重県#鉄道 記事に戻る 日本の「可動橋王」と呼ばれた山本卯太郎氏=所蔵/JLNAしゅん功当時の古川可動橋(芝浦跳開橋)を描いた絵葉書より=所蔵/JLNA山本卯太郎氏が設計した古川可動橋(芝浦跳開橋)を渡る東京港貨物線。この可動橋は日の出ふ頭と芝浦ふ頭の間にあり、1985年(昭和60)年の路線廃止まで現存していた=1935(昭和10)年頃に撮影、東京都港区、所蔵/JLNAJR四日市駅と「末広橋梁」周辺の位置関係を示した地図=現地案内板「みなとまち歩きマップ」より千歳運河に架かる「末広橋梁」を通過する貨物列車。“粉体セメント”を積んだ貨車(タキ1900形)が連なる=2026年9月5日、三重県四日市市“可動橋本体部”となる50フィート下路式鋼板桁(3連目)を跳ね上げた状態の末広橋梁=2026年9月5日、三重県四日市市末広橋梁の傍らには四日市市教育委員会が設置した案内板がある。残念なことに文字がところどころかすれていて読みづらい=2026年9月5日、三重県四日市市橋梁の銘板は、可動橋本体部にある門型鉄柱の頭部付近と、可動桁の側面中央の2箇所に大きめのものが取り付けられている(赤色で丸く囲った2箇所)=2026年9月5日、三重県四日市市可動橋本体部に取り付けられている橋梁銘板の拡大写真=四日市市教育委員会が設置した現地案内板より可動桁が下降途中の末広橋梁=2026年9月5日、三重県四日市市可動桁が徐々に降ろされるその姿は圧巻だ。末広橋梁で=2026年9月5日、三重県四日市市旧四日市港駅へ向かって末広橋梁を通過中の貨物列車=2026年9月5日、三重県四日市市末広橋梁を渡る国内唯一のセメント輸送列車=2026年9月5日、三重県四日市市末広橋梁を渡った先にある千歳町では、太平洋セメント専用線の線路が目の前を通過する。車両は入換を行うセメント輸送列車=2026年9月5日、三重県四日市市四日市港にある太平洋セメント四日市出荷センター。ここで粉体セメントは貨車から船舶へと積み替えられ、全国各地へと出荷される=2026年9月5日、三重県四日市市三岐〔さんぎ〕鉄道三岐線の大安〔だいあん〕~三里〔みさと〕駅間にある宇賀川橋梁をゆくセメント輸送列車=2026年9月5日、三重県いなべ市福岡県と佐賀県の間を流れる筑後川に架かる国鉄・佐賀線の筑後川昇開橋。この橋は現在も遊歩道として活用されている。国指定重要文化財、機械遺産第23号認定=撮影年次不詳、撮影/鈴木靖人1984(昭和59)年まで、当時の静岡県静岡市に存在した国鉄・清水港線にあった巴川可動橋。国鉄の旅客線には、ここを含めて3か所に可動橋があった=1984年3月31日、静岡県静岡市(当時)、撮影/豊永泰太郎 記事に戻る 建造から95年、国の重要文化財に指定された現役の「鉄道可動橋」 大正時代にアメリカで学んだ橋梁技術を実践した日本の“可動橋王”とは