※今回も旅に同行する俺の相方は30年来の腐れ縁(失礼)、落語家の「柳家獅堂」師匠だ。師匠のことは昔からの呼び名で「風ちゃん」と呼ばしてもらうことにする。
俺たち一行は大間漁港を目指して、下北半島の国道279号線を津軽海峡方面にひたすら進んでいった。俺の目的地は大間漁港! だが風ちゃんの目的地は、途中の世にも素晴らしい温泉地なのだ。
「風ちゃん! 風ちゃんの目的地は下風呂温泉なんだろう!」。俺は助手席に座る師匠に言った。
「そうでガス、よくおわかりで」
「そうすると、目指しているところは新しくできた温泉施設※1『海峡の湯』なんじゃないかなぁ?」
「またまた、ご名答でございます。下風呂温泉郷にはたくさんの名湯を持つ旅館さんが、海の幸満載の1泊2食付きプランを用意なさっていると聞きました! 拙はまず肩までどっぷり下風呂温泉の湯に浸かってみてから本日のお宿を決めようかと思っております。
ところで親方知っていますか? 下風呂温泉の下風呂の名前の由来はアイヌ語で『シュマ・フラ』からきているんでゲスよ。なんでもその意味は『においのする岩』だそうで、恐らくは硫黄泉がですよ、岩からフックラコン、フックラコンと湧いていたんでしょうね」
「おっと~! 雑学帝王」
「よしてください、褒められると照れるでゲスよ」
「いゃ~っ。別に褒めてないんだけど」
あくまでもポジティブな師匠であった。
※1「海峡の湯」の生い立ち
下風呂温泉にはかつて「新湯」と「大湯」のふたつの共同浴場が建っていて、そのお湯は市民に深く愛されていた(それはそれは風情のある共同浴場だった)。また、文豪・井上靖が小説『海峡』の最終章を書き上げたことで有名な『長谷旅館』も長くこの地にあったが近年閉館した。
現在は、風間浦村が長谷旅館の跡地に、2020年老朽化の激しかったふたつの共同浴場を統廃合して、新たに『海峡の湯』として温泉施設を作り上げた。
つまり源泉として「新湯の新湯泉」に「大湯の大湯1号泉」、長谷旅館の「大湯2号泉」の計3つの源泉がこの施設に配置されているのだ。
1粒で3度おいしいとはこのことである。
きっと風ちゃんは、下風呂温泉郷で思い切り湯治なんぞをかまして、身も心も癒してしまおうなどと考えているに違いない。
こちとら自主練とはいえ、生きるか死ぬかのマグロ漁船に乗ろうてぇのに、自分は数日かけて湯治とは(全く持って許せん御仁だ)!
しかし、温泉を見るべき心眼を持っていることは認めねばなるまい。
なんたって井上靖に「ああ、湯が滲みて来る。本州の北の果ての海っぱたで、雪の降り積る温泉旅館の浴槽に沈んで、いま硫黄の匂いを嗅いでいる。」と小説上に書かせたくらいの湯なのだ、俺も白濁した濃厚な湯に硫黄の香りで生きてる証を感じたいものだ。
さらにもっというなら水上勉の『飢餓海峡』だってこちらの温泉郷がモデルだというのだから、下風呂温泉は凄まじい。