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今でこそ世界で確固たる地位を築いている日本車だが、暗黒のオイルショックで牙を抜かれた1970年代、それを克服し高性能化が顕著になりイケイケ状態だった1980年代、バルブ崩壊により1989年を頂点に凋落の兆しを見せた1990年代など波乱万丈の変遷をたどった。高性能や豪華さで魅了したクルマ、デザインで賛否分かれたクルマ、時代を先取りして成功したクルマ、逆にそれが仇となったクルマなどなどいろいろ。本連載は昭和40年代に生まれたオジサンによる日本車回顧録。記念すべき連載第1回目に取り上げるのは初代トヨタソアラ。1980年代当時の日本車の至高の存在について振り返っていく。

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1981年デビュー、ライバルは日産レパード

初代ソアラは水平基調のデザインのクーペながら、今見ても古臭さをまったく感じさせない。タイヤが内側に引っ込んでいないのもカッコよく見える要因

初代ソアラは1981年2月にトヨタのフラッグシップ2ドアクーペとしてデビュー。1981年と言えば食では、お菓子好きの間では『ガリガリ君』、『雪見だいふく』が初登場した年として記憶されているかも。

エンジンは2Lと2.8Lという2種類の直列6気筒エンジンを搭載。ライバルの日産レパードが4気筒の設定があったのに対し、より高級な直6のみとしたこと、レパードが4ドアセダンと2ドアクーペがあったのに対し、ソアラは2ドアクーペのみと割り切っていたのもスペシャル感があった。

1980年、ソアラよりもひと足先にデビューした日産レパード。日本車の高級パーソナルクーペの先鞭をつけたが、販売面でソアラに大きく差を付けられた

ハイテク満載なのもソアラの真骨頂で、今でこそクルマはうっとうしくなるくらい喋るが、エレクトリックスピークモニターと命名されたシロモノは当時画期的で、キーのとじ込み、半ドア、ライトの消し忘れなどを音声で警告してくれた。マイコン制御のエアコン、デジタルメーター、ブロンズガラスなどなど日本初の技術がてんこ盛り。

『未体験ゾーン』のキャッチフレーズどおり、私のように免許を持っていない若者も含めて日本人にいろいろな未来的なものを体験させてくれた。そう、日本のクルマ界において初代ソアラの登場=革命だった。

初代ソアラはメカニズム、装備ともにハイテクが満載されていた。現代のクルマに通じるクルマ作りがされていた

この初代ソアラ、何より世の若者、オジサンたちを熱狂させたのは、 これまでの日本車にないオーラを放っていた 伸びやかで美しい水平基調のエクステリアデザインに尽きる。当時は特別な存在だった女子大生の好きなクルマナンバーワンにも君臨していた。女の子にモテたい一心でソアラを買うのも当たり前だった。そう思わせるカッコよさがあったのだ。

トレンドセッター役を担っていた女子大生も初代ソアラがお気に入り。写真はクルマ雑誌『ベストカー』での企画のひとコマ
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至高の存在ながら意外なほど身近だったトヨタソアラ...
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市原 信幸
市原 信幸

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