酒の造り手だって、そりゃ酒を飲む。誰よりもその酒のことを知り、我が子のように愛する醸造のプロ「杜氏」は、一体どのように呑んでいるのか?東京23区内にある唯一の日本酒蔵の杜氏はコンパクトな設備を駆使し多岐にわたる酒を醸し続ける。
東京都『東京港醸造』
【寺澤善実氏】
1960年、京都府生まれ。大手酒造「黄桜」で約20年酒造りに従事。2000年に東京・お台場の都市型醸造施設立ち上げに参画。2011年に東京港醸造の杜氏に就任。全国でマイクロブルワリーの監修も行っている。
酒は毎晩。日本酒は必ず
「毎晩飲りますね。唐揚げならビール、中国料理なら紹興酒と食事に合わせて。それでも必ず一杯は日本酒を酌む」と杜氏は言った。純米吟醸原酒「江戸開城」など醸す東京港醸造の杜氏・寺澤善実さんだ。
東京タワーにほど近いビル街にある同蔵は、東京23区唯一の日本酒蔵。2011年からどぶろくを、2016年から清酒を生産しているが、路地裏に建つ小さなビルで酒が造られていることを、近隣でも知らない人は多い。
「米を蒸すのは最上階のバルコニーで、仕込みはその下で600Lほどのタンク5つを使って。機材はすべて持ち運べるコンパクトサイズ、4階建ビルの上から下へ作業が流れるように活用して醸造しています。試行錯誤の結果、8坪あったら洗米から蒸米、製麹、発酵、上槽(搾り)、瓶詰めまでの全工程を行えるようになりました」
寺澤さんは例のなかった日本酒のマイクロブルワリーの技術を手探りで確立。製造機材も独自開発し、現在は酒造のコンサルティングを行う会社社長という一面も持つ。一年を通じて平日は醸造工程を繰り返し、土・日は全国の蔵を飛び回る日々。
息抜きは、東京港醸造から徒歩15秒ほどのところにある居酒屋での一杯だ。この晩、定位置のカウンター席にはお気に入りの肴であるサバ煮と生カツオ節、そして「江戸開城」が並んだ。
「鯖街道にもあたる京都の山間部で生まれ育ったので、サバの煮付けは馴染み深いですね。こういうコクのある料理はうちの酒と相性いいと思いますわ。ちょっといいダシのパックありますよね。自宅ではあれで取ったダシをチェイサーにしてます。ほっとできて、酒もより旨くなって、なんともいい具合なんですわ。あと、あったかい緑茶もいいですよ、酒と緑茶を交互にやると。胃にやさしくてね」
日本酒業界で我が道を行く寺澤さんの飲み方はなんとも個性的。さらに確固たるモットーもある。
「利き酒は別として、自分で造った酒も必ず自腹で買って飲んでます。そうしないとお客目線になれへんし、第一自分が金出して飲みたい酒やないと、ダメや思いますわ」
そう言って、旨そうに酒を干し、すぐさまお代わりを注文した。
『株式会社若松 東京港醸造』 @東京都
かつて薩摩藩御用として酒造業を営み、長く雑貨屋業を営んできた若松屋が、寺澤杜氏を招聘し2016年に約100年ぶりに酒造りを再開。23区唯一の日本酒蔵「東京港醸造」として、4階建ビルの中で東京の水道水を使って清酒を醸す。代表銘柄は「江戸開城」「東京」など。
【東京 純米吟醸 原酒】
【江戸開城 純米吟醸 原酒】
『魚串 さくらさく 三田店』
[住所]東京都港区芝4-6-8
[電話]03-6809-5848
[営業時間]11時半〜14時、17時〜23時
[休日]日・祝
[交通]都営浅草線・三田線三田駅A8出口から徒歩2分
撮影/松村隆史、取材/渡辺高
※2024年2月号発売時点の情報です。
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