酒の造り手だって、そりゃ酒を飲む。誰よりもその酒のことを知り、我が子のように愛する醸造のプロ「杜氏」は、一体どのように呑んでいるのか?惣菜はもちろん、チーズやチョコとも好相性の酒。それは多様化する食生活に合う味をと、祖父が目指した酒だ。孫である現杜氏も頑なにその味を守り続けている。
千葉県『木戸泉酒造』
【荘司勇人氏】
1975年千葉県生まれ。東京農業大学醸造学科卒業後、酒販店勤務などを経て2001年に木戸泉酒造入社。2013年杜氏に就任。2016年5代目蔵元に。趣味はゴルフ。本当はスノボが好きだが、仕込みで行けない。
コンビニのチョコやナッツと一緒に
「実は酒、弱いんです。造りの期間は週に1回、春から秋にかけてはほぼ毎晩、1合弱を常温で酌む」と杜氏は言った。『木戸泉』を醸す木戸泉酒造の杜氏・荘司勇人さんだ。
強い酸味と米本来の深い味わいが感じられる骨太な酒は、決して万人受けはしないが、多くの熱烈なファンに支持されている。今でこそ酸を打ち出した日本酒を造る蔵はあるが、木戸泉が取り組んだのはなんと今から70年近く前のこと。しかも全量の醸造法を一気に転換したというから驚く。
「戦後、高度経済成長中の日本では、酒の劣化を防ぐための合成保存料添加が認められていました。祖父の3代目蔵元はその危険性にいち早く着目し、劣化ではなく熟成が進む安全なお酒を造りたいと、1964年に禁止されるずっと前に合成保存料の使用をやめました。
そして独自に高温山廃もとという醸造法を開発し、一気に舵を切ります。基本の醸造法はずっと変わらず、米の多くを磨いてしまう吟醸酒も一切造っていません」
高温山廃もととは日本酒のもとである酒母を、天然の乳酸菌の力を利用して高温で仕込む手法のこと。 一般的な山廃もとは10℃以下の低温で仕込むのに対し、55℃の高温で仕込む。
しかも、原料米と米麹などを3回に分けて仕込む三段仕込みが一般的な中、一度にすべて仕込む一段仕込みも採用。食欲をそそる食中酒を創り上げた。
その晩、食卓にはお気に入りの肴であるポテトサラダに加え、コンビニで買ったチーズやナッツ、チョコレートが並んだ。
酒は代表的銘柄で、3代目と開発に関わった他2名のイニシャルを組み合わせた『AFS(アフス)』。しっかりしたボディがオイル感と相性がよく、マヨネーズを使ったポテサラなどとは抜群の組み合わせとなる。
「この燻煙したナッツもお気に入り。アフスがまるで白ワインのような軽やかな表情に変化します。チョコも絶妙に合いますね。じいさんは大阪万博の盛り上がりを見て、日本の食は多様化していくから日本酒にも料理を受け止める酸が必要だと判断したそうです。その先見の明、すごくないですか?」
孫へと受け継がれた変わらぬ旨さ。ようやく時代が追いついた。
『木戸泉酒造』@千葉県
1879年創業。1956年に醸造法を天然の乳酸菌を用いた「高温山廃もと」仕込みへと転換。1967年からは農薬や化学肥料不使用の自然農法米を原料にした自然醸造酒の製造も積極的に行う。代表銘柄は「AFS」「自然舞」など。
【純米アフス原酒火入れ】
【貴醸酒アフスストレータ】
撮影/松村隆史、取材/渡辺高
※2024年3月号発売時点の情報です。
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