長崎県・壱岐島(いきのしま)の北西部に位置する「奥壱岐の千年湯 平山旅館」は有名シェフがいるわけではない、家族が中心となって経営する3階建ての小さな宿。客室は8つしかない。だが、食通たちが「あそこの料理はスゴイ」と口を揃える美食の宿である。その秘密は食材にアリ。「お客様に最高の料理を食べてもらいたい」という思いから、できるだけ自分たちの手で栽培し、収穫・漁獲したものを使っている。
※トップ画像は、平山旅館会長の平山敏一郎さん(画像提供・平山旅館)
嫁が驚いた“縄文ライフ”とは
「できあいのおかず? そんなものとはまったく無縁ですね」
そう笑うのは、平山旅館の女将、平山真希子さん。便利な時代になるとともに温泉旅館でも「切るだけ」「温めるだけ」「揚げるだけ」のできあいのおかずが使われることが増えてきたが、この宿はそんなものとは無関係。
この宿の食材へのこだわりは他の宿がほとんど真似できないレベルといっていいだろう。平山旅館の2代目である平山敏一郎(としいちろう)さんは76歳になった今も、春は山菜やクレソン、タケノコを採り、寒い時期から初夏にかけては海でアワビやサザエ、ウニなどを採取する。初夏には日本ミツバチから黄金色の蜂蜜を採取し、冬は山に入って網猟で天然のマガモをとる。
ある時は釣り船に乗ってお造りに出すカンパチやアカハタなどの魚を釣ってきたり、またある時は川に仕掛けをしてカニを捕る。敏一郎さんは長年、壱岐の海・山とともに生きてきた経験を生かし、24年前に社長職を退いて会長となった今も宿の食材調達をする。
平山旅館では醤油や油などの調味料は仕入れるが、それ以外の生鮮品や野菜は9割、地のもの。当然料理は素晴らしくおいしい。千葉出身で都市部での生活が長かった嫁の真希子さんは尊敬の念を込めて、義父を「リアル縄文人」と呼んでいる。
無農薬で年間100種類以上の野菜や柑橘類を栽培、チャボなど約150羽を平飼い
平山旅館では鶏糞やウニ殻などを堆肥にして自家農園にまき、農薬を使わずに年間100種類以上の野菜や柑橘類を育てている。春には無農薬の梅の木から梅の実を収穫し、梅干しにする。農薬の代わりに木に海藻をかけたり、ハーブ水を使ったりすることで虫除けをして、自然派を貫いている。
チャボや名古屋コーチン、ほろほろ鳥など約150羽を平飼いして、朝食に産みたての卵を出す。さらに残飯は捨てずに鶏の餌とするなどなるべくゴミを出さない循環型の“宿づくり”が行われている。
魚は漁港に出かけてセリ市で買うこともあるが、基本的なスタンスとして作れるものは自分で作り、とれるものは自分でとる。こんなことができるのも、海も山も川もある豊かな自然に囲まれた壱岐という地域柄ゆえだろう。