「人は日々、自分の物語を作り続けているんです」
9月22日、井深大記念大ホールで開かれた記者会見には、村上さんをはじめ、隈研吾さん、ファーストリテイリングの柳井正会長兼社長、早稲田大の田中愛治総長、十重田裕一早稲田大学国際文学館館長が出席。それぞれ、村上春樹ライブラリーへの思いと期待を語った。
田中総長は「国際文学館の場所は、演劇博物館のすぐ隣にある4号館を選んでいます。これは、演劇博物館に村上春樹さんが学生時代にほぼ毎日のように通い、そこで読書をし、そこにある脚本をかたっぱしから読まれたということです。隣の4号館は1968年に建てられています。村上春樹さんの入学の年とほぼ同じ時期に建てられました。非常に昭和の薫が強い、何ら変哲もない建物ですが、村上春樹さんは『ここがよい』と、『その当時の演劇博物館で勉強した空気がある』とおっしゃった」と経緯に触れ、「世界中から若い方が集まり、文学、文化の発信交流の場になることを願っています。このような中で、時空を超えた体験をしていただき、若い方の中からいずれ村上春樹さんのような世界中から愛される小説家が生まれることも期待しています」。
十重田館長は「ここを世界的な研究拠点にすると同時に、開放的な、そして風通しのよい文化交流の場にしていきたい」。
村上さんと同い年の柳井会長は「このライブラリー、国際文学交流の場が、日本と欧米、アジア、新しいアジアの人たち、あるいは欧米の人たちが一緒になって、新しい文学を作る。文学だけじゃなく日本の文化を発信する場になってほしい」。
村上さんからライブラリーの設計を頼まれた隈さんは「私が最も愛読している作家、最も敬愛する作家」と前置きした上で、「(館内については)春樹さんが『僕はまだ生きているから、いわゆる文学館みたいな堅苦しいものではなくて、ライブラリーでみんなが交流する空間にしてほしい』とおっしゃって。春樹さんの文学にぴったりな、開放的で、なごめるものが作れればいいなと思いました。カフェだとか、オーディオルームだとか、FMの中継ができるような小さなスタジオもあります。このような文学館、ライブラリーは、世界に例がないと思います。ここで、まったく今までの文学の世界とは違う新しい交流ができるんではないかと願っています」。
村上さんは、1969年にジャズピアニストの山下洋輔さんが4号館の地下ホールでフリージャズのコンサートをやったエピソードを紹介し、「早稲田大学の新しい文化の発信基地みたいになってくれればいいなと思っています。同時に、学生たちが自分たちのアイデアを自由に出し合って、それを具体的に立ち上げるための場所にこの施設がなればいいなと。大学の中におけるフレッシュで独特なスポットになってほしい」。
その後の質疑では、村上さんがライブラリー開館に寄せた「物語を拓(ひら)こう、心を語ろう」という言葉について質問が出た。村上さんの答えは次のようなものだった。
「僕は小説家なので毎日、物語を作っています。でもね、小説家だけじゃなくて、人は日々、自分の物語を作り続けているんです。人は自分の過去、現在、未来を物語化しないことにはうまく生きていけない。今の若い人が、自分の未来についてポジティブな物語をうまく作れているだろうか。コロナ禍という特殊な状況下で多くの若い人が薄暗いビジョンしか描けていないのではないかという気がします。いつの世の中でもどんな形でも理想みたいなものはあるべき。そういう良質な物語というか、『ほら、こういうものがあるんだよ』というサンプルみたいなものを示すのが小説家の役目だと思います」
「早稲田大学国際文学館(村上春樹ライブラリー)」の情報
[住所]東京都新宿区西早稲田1-6-1 ※早稲田大学早稲田キャンパス内
[開館時間]10時~17時
※新型コロナウイルス感染対策のため2021年度は事前予約制
※事前予約は同館サイトから https://www.waseda.jp/culture/wihl/
[休館日]原則水曜日 ※最新の開館日程は、同館サイトでご確認ください
[入館料]無料
[交通]JR山手線・西武新宿線高田馬場駅から徒歩20分、地下鉄東西線早稲田駅から徒歩7分、地下鉄副都心線西早稲田駅から徒歩15分
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