寿司屋の親父のひとり言

「寿司屋の親父のひとり言」第8回「江戸時代の握り寿司(3)」

東京の下町・門前仲町の『すし三ツ木』店主・三ツ木新吉さんは、2022年で74歳。中学入学と同時に稼業の寿司屋を手伝い始め、板前稼業もかれこれ60年。日本が大阪万国博覧会で沸いていた昭和45(1970)年に、深川不動尊の参道に開店した店は52周年を迎える。昭和の名店と謳われた京橋与志乃の吉祥寺店で厳しく仕込まれた腕は確かだが、親父さんのモットーは気取らないことと下町値段の明朗会計。昔ながらの江戸弁の洒脱な会話が楽しみで店を訪れる常連も多い。そんな親父さんが、寿司の歴史、昭和の板前修業のあれこれから、ネタの旬など、江戸前寿司の楽しみ方を縦横無尽に語りつくします。 第7回は、江戸前寿司の歴史第3回。現在とは異なる、始まりの頃の江戸前寿司の特徴を。

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「江戸時代の寿司(3)」

シャリ混ぜは職人の腕の見せ所

今年の春(2010年/編集部注)、「お江戸深川さくらまつり」で、久しぶりに江戸時代の寿司を握りました。物珍しさも手伝ってか、店で握って会場の石島橋まで運ぶそばから飛ぶように売れて、うれしい悲鳴でした。

江戸時代の寿司は、今の寿司と違って赤酢を使っているので、シャリがうっすら山吹色をしています。じつはこの色をまんべんなく出すのが難しい。しゃもじでシャリを混ぜるのですが、色を均一にするのが職人の腕の見せどころです。

透明な酢を使う今の寿司屋では、うまく混ざったか色では判断できません。よく混ざっていないとシャリが〝ダマ〟になり、食感がガタッと落ちます。そもそもシャリの仕込みは駆け出しの仕事。私の若い時分は、ダマなんぞ作ろうものなら親方にこっぴどく叱られたものです。

ダマにならないようにするためには、時間をかければいいというものではありません。ダラダラこねているとシャリがベタベタになってしまいます。ものの3分、手早く切るように混ぜ合わせるのがコツなんです。

冷蔵庫がなかった時代の知恵

ネタのほうは、江戸前の海で獲れるものに限られますから、せいぜい十数種程度です。小鯛、白魚、こはだ、エビ、イカ、赤貝……。鱒(ます)や鮎(あゆ)といった川魚も使われていたようです。これは、明治の初めくらいまではほとんど変わらず、それから徐々に増えてゆき、今に到っています。

江戸時代の寿司の特徴は、マグロの漬けのようにほとんどのネタに何かしら手を加えているところです(とはいえ、当時マグロは下魚の扱いで、鮨のネタになることはなかったようですか)。いわゆる「仕事をする」というやつですね。きれいに下処理をして(こけら=うろこを取ってはらわたを取る)、塩で5分から10分程度シメたのち、10分ほど酢漬けにしてから味付けをする。

そのときよく使うのが「煮切(にき)り」や「煎(い)り酒」という味付けした醤油。煮切りは今も多くの寿司屋が使っていて、店によって作り方が違います。

うちの店では、煮切りは醤油に酒とみりんに砂糖を加えて煮立てます。煎り酒は酒に醤油と酢を加えて煮る。これに魚類を漬け込むわけですが、江戸時代の寿司は鯛や鯵(あじ)も漬け込んで味をつけていたそうです。そのうえで、ネタにまた煮切りを塗って出していました。

私の店では、おてしょ(小皿)に醤油で食べていただいていますが、希望するお客さんには煮切りを塗ってお出ししています。

締める、漬ける、煮る、塗る――「仕事」をするのは、まずネタの鮮度を保つため。冷蔵庫もなく生魚を日をまたいで保存するのはむずかしい時代ですからね。そして、もうひとつは、江戸時代の寿司屋はほとんどが店ではなかったから。家で作って、桶や箱、屋台で行商して歩くわけですから、皿と醤油を用意していくのは手間です。寿司屋の湯飲みが大きいのも同じ理由です。一人で行商していれば、おかわりを注ぐ余裕はありませんからね。

握り寿司の登場は革命だった

江戸時代以前、寿司といえば魚介と飯を発酵させて作った「熟(な)れ鮨」を指しました。冷蔵庫のなかった時代、生ものを発酵させて保存食としたわけです。その後、酢を用いて発酵時間を短縮した押し鮨が現れました。

関西では「こけら鮨」といって、四角い木箱の中につめたシャリの上に、薄く切ったネタを並べて上から二時間ほど押した鮨が一般的でした。「こけら」というのは、屋根をふくときの薄い板の「こけら板」を指します。ネタが薄く並んだ様子が、こけら板に似ていることから名付けられたといわれます。

押し鮨全盛のなか、江戸に握り寿司が登場しました。鮨業界にとっては産業革命にも匹敵する大きな出来事だったはずです。酢を混ぜたご飯と、酢で締めたサバなどの魚を使った現在の江戸前の握り寿司の原形が誕生しました。

押し鮨のような手間がかからず、誰でも簡単に鮨ができるとなったので、長屋のオヤジたちが「いっちょ、やったるか」と商売に乗り出してきました。握った酢飯に魚の切り身を載せ、箱に入れて「寿司屋〜、寿司」と声を張り上げて売りに歩くようになったのです。安くて美味い寿司はすぐに評判となり、客の方からやってくるようになった。そこで屋台という形で店を出すことになり、やがて店を構えるようになったというわけです。江戸の文化文政時代には、江戸には1町内に2、3軒の寿司屋があったというから、半端な数じゃありません。

そういえば、私が子供の頃の寿司屋の看板といえば、「出前敏速」「立食」と書かれた赤い小田原提灯や高張提灯でした。寿司屋は元々行商で出前のようなものだったし、イスのない屋台で立って食べていたことから来ているのですね。

(本文は、2012年6月15日刊『寿司屋の親父のひとり言』に加筆修正したものです)

大将が握る再現江戸前寿司は要予約なのであしからず。

すし 三ツ木

住所:東京都江東区富岡1‐13‐13
電話:03‐3641‐2863
営業時間:11時半~13時半、17時~22時
定休日:第3日曜日、月曜日
交通:東西線門前仲町駅1番出口から徒歩1分

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