魚関係の貴重な資料が並ぶ『銀鱗文庫』を往く/素晴らしきマグロの世界(6)前編

弊誌『おとなの週末』をはじめ、様々な媒体で活躍中のカメラマン・鵜澤昭彦氏による、美味なるマグロ探訪記。今回はちょっと趣向を変えて図書館へ。豊洲市場にある一風変わった図書館です。そこで借りたい本はやっぱりマグロ絡みなわけで……。

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関係者しか貸し出しされない“魚の図書館”

「くんくん、くんくん! ミナミマグロの匂いがするぞ!」

月のうち数日は豊洲市場で勝手にマグロの自主トレをしている俺だが、意外に鼻がきく。今日も今日とて築地魚河岸から続くあの『銀鱗文庫』の方角から、ミナミマグロ特有の良い匂いが漂ってきた

豊洲市場7街区管理棟の3階には2018年10月6日の築地市場から豊洲新市場への移転にあわせて引っ越してきた、新築眩しい『銀鱗文庫』がある。

魚河岸の資料室とも言える『銀鱗文庫』は1962年に「築地魚河岸銀鱗会」の記念事業として設立され、その後、紆余曲折あり、現在はNPO法人として豊洲市場の私設資料室兼市場関係者の図書室として幅広く活動している施設なのである。

ここにはたくさんの貴重な市場関係、魚関係の資料があって“魚河岸の良心”とも呼ばれている。ただ基本的には、本の貸し出しは銀鱗会の会員関係者のみで、一般人には資料の閲覧やコピーはできるが図書の貸し出しは行っていない。

『銀鱗文庫』

こんにちは~! 良い匂いの出どころはこちらですか~! 心の中で呟きながら『銀鱗文庫』のドアを開けてみた。

『銀鱗文庫』の中

左奥に進むとお目当てのマグロ関係の資料が沢山陳列されていた。どうやらミナミマグロの良い匂いはここから発せられているようだ。

俺は棚から一冊の本を手に取って匂いを嗅いだ。2002年発刊の『まぐろ土佐船』斎藤健次著であった(現在絶版)。

『まぐろ土佐船』小学館・刊

この本がマグロの香りの元だな。(本マグロだな!笑)。

俺は確信しながら、本の帯を読むと、なになに

「縄船はシケでも絶対逃げん」マグロ船に命を賭けた海の男たち!

遠洋漁船のコック長が見つめた航海一七七〇日の記録

『まぐろ土佐船』の帯より

「お~っ、良いではないか、良いではないか!! コック長が書いたのがまたgoodではないか!!」。紙を開け数ページを読み進めたがすぐに諦めた、本の中身が濃すぎて立ち読みは無理だったのだ。

俺は事務局長であり、ある時は図書部長、またある時は留守番役の福地享子さんに「福地さん、この本借りたいんですけど」としらっと尋ねてみた。もちろん自称市場関係者の俺は借りられる資格を有していないことは百も承知、二百もガッテンなのである。

福地さんは「コピーならできるわよ」とサラッと交わしてきた。さすが本質がわかっていらっしゃる!! いや、わかっていない、俺はこの本が借りたいのだ。

本を借りられない鵜沢氏に救いの手が!

こうなると人間はがんばって思案するものである。腕を組みながら俺の頭に浮かんだ案は以下の通り。

【解決策】

断じて違~う!! 無断持ち出しなど論外だし、発覚したらマグロ包丁で五枚におろされたうえに磔獄門、しかも出禁である! 小学館に行くことも考えたが、だが~っ、だがである、こちとら今すぐ読みたいのである。今すぐにだ!! 俺は小さい声でブツブツと独り言を、まるで呪文のように唱えていると、後ろから天使の野太い声が聞こえてきた。

「鵜澤君じゃないか、ここで何をしていてるんだい?」

この声には聞き覚えがある、神様、仏様、黄門様、いや違った。

文久元年(1861年)から8代続くマグロ仲卸「樋長(ひちょう)」の会長、飯田氏の声だ。 

まさしく地獄にマグロ、じゃなかった、仏とはこのことだ。

「飯田会長、お久しぶりです!」。俺は詐欺師のような満面の微笑みを浮かべて会長の目を見た。

「……何か、困っていることがあるようだな」

俺は激しくうなずきながら、会長にすがるように話を始めた。

「そうなんです、よくぞ声をかけてくださいました! 会長のところは銀鱗会の会員ですか?」

あぁ、そうだよ。今日も福地さんに用があってきたんだが……」

俺は、まさに天にも昇る気持ちである。

「会長、実はこの本が借りたくて……でも俺、会員じゃないからちょっと。そこで会長にこの本を借りていただきまして、で、それを今度は僕にまた貸していただけないでしょうか?

「くぉら! そこのカメラマンの鵜澤君、本の又貸しはダーメ、ダメだから」。福地さんが目を三角にしてコチラを睨んでいる。

あっ、しまった、少し声が大きすぎたか! そらぁ、福地さん怒るわなぁ~。

「まぁまぁ、福地さん。彼のことは、俺が責任を持つから本を貸してやってくれないか」。会長からの力強いお言葉。福地さんすみませ~ん、そういうわけで本貸してくださいな。

うぉ~である、まさに魚~だ。

ダニエル・クレイグのジェームスボンドのように危機を乗り越えた俺は、意気揚々と本を手に入れ事務所に引き返えそうとした

すると会長が俺に言った。

「鵜澤君、ちょっとコーヒーでもつきあいたまえ!」

おろっ、これは世に言う説教を受ける雰囲気である。本を借りるのを助けていただいた手前逃げるわけにもいかない。俺は神妙な心持ちで、6街区水産仲卸売場棟3階の飲食店舗エリアにある喫茶『岩田』のカウンターに座った。

説教の最中、ピラフにタコを追加!?

豊洲市場内にある喫茶『岩田』

「会長! お久しぶりで~す」。ママさんが声をかけてきた。

「ヤァ久しぶり。コーヒーふたつお願いね! あと鵜澤君ピラフ食べるか?」

「いただきます!」。食いしん坊の俺はすかさず言った。

「じゃ。ピラフもふたつお願~い!」。会長は注文を手早く済ますと俺の方を見て、「鵜澤君、あまり無理を通すと道理が引っ込むよ」と俺を諭した。

「仰るとおりです、以後自重します」。ごり押しした本の貸し出しのことである。

「うむ、福地さんも困っておったぞ。あまり、無理を言ってはいかんよ」

「はぁ、申し訳ありません」。俺は素直に頭を垂れた。

どうみても俺の行動は、大人気がないのであった、素直に反省。

「ところで、ママさん。わしのピラフじゃが、追加で、タコ入れてくれる」

「は~い」とママ。

およ、ちょっと待ってくださいよ! 会長のピラフはもう厨房で作り始めていますよ。今からタコをいれてもタコのシーフードピラフにはならないのではないでしょうか?

会長ともあろう人が、ピラフの途中でタコを入れるように指示を出すとは、道理を曲げたらいかんと説教してる最中なのに。

俺はちょっとムッとしながら、カウンターの奥から皿に盛られたピラフがこっちに運ばれて来るのをじっと待った。

すると、俺の前には普通のピラフが……そして会長の前にははなんと「……..!!」

見ていた俺はニヤニヤが止まらなかった。

可愛らしいタコさんウインナーがチョコリとのった特製ピラフが白い皿に盛られていた

「鵜澤君! 無理を通すと道理が引っ込むよ」

会長は爽やかに笑いながらそう言うと、可愛らしいピラフをぱくついた。

「おみそれしました、タコはタコでもタコさんウインナー入りのピラフとは! 完全に一本取られました」

【協力】
『銀鱗文庫』で助けていただいたマグロ仲卸樋長(ひちょう)」の飯田統規会長、ピラフご馳走様でした。『銀鱗文庫』事務局長の福地享子さん、無理を言って申し訳ございませんでした。

取材・撮影/鵜澤昭彦

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