国内外のアーティスト2000人以上にインタビューした音楽評論家の岩田由記夫さんが、とっておきの秘話を交えて、昭和・平成・令和の「音楽の達人たち」の実像に迫ります。ロックバンド「頭脳警察」のPANTAの最終回は、いつものよ…
画像ギャラリー国内外のアーティスト2000人以上にインタビューした音楽評論家の岩田由記夫さんが、とっておきの秘話を交えて、昭和・平成・令和の「音楽の達人たち」の実像に迫ります。ロックバンド「頭脳警察」のPANTAの最終回は、いつものように筆者の極私的ベスト3をお届けします。PANTAとはデビュー前、1968年秋からの付き合いという筆者は、どの曲を選んだのか。PANTAという名前の由来にも触れています。
山田かまちの詩に曲をつけた
山田かまちという天才少年画家がいた。1977年に17歳でこの世を去った彼のトリビュート・アルバムをプロデュースして欲しいという依頼があった。彼は絵の他に大学ノート何冊もの詩を書いた日記を残していた。山田かまちとは同窓生だったBOOWYのメンバーが協力してくれるという話もあったが、ぼくはPANTAを選んで彼に山田かまちの詩に曲をつけ、共同プロデュースしてくれないかと頼んだ。
PANTAに山田かまちの詩を渡したのだが、いつまでたっても曲が上がってこない。締め切りを過ぎていたので、仕方なくぼくはPANTAを誘って~後にPANTAが言うには拉致されただが~湯河原の貸別荘にこもった。折しもPANTAは38度を超える熱を出してしまったが、叱咤激励して何と2泊3日で10曲以上を作曲させた。1日に5曲以上の作曲、PANTAは天才だと思ったものだ。ぼくとPANTAの共同作業は形になって、1994年に『かまち』というタイトルでキングレコードから発売された。
「ふざけるんじゃねえよ」 10代の頃の作品
PANTA及び頭脳警察の楽曲から選ぶ極私的3曲のその1は、1972年秋に発表した『頭脳警察3』から「ふざけるんじゃねえよ」。ぼくは1970年以前にこの曲が演奏されるのを聴いているので、10代の頃の作品だと思う。この曲をひと言で表現するなら若さ故の怒りの歌だ。若い頃はとにかく何かにむかつく。その対象は大人であったり、政治だったりする。そういったことに対して、この曲はストレートに怒って苛立ちを隠していない。
小気味良い8ビート、3分に満たない短いこの曲はパンク以前のパンクと言えるものだ。セックス・ピストルズが登場して世界的なパンク・ムーヴメントが起こったのは1976年。日本にも数多くのパンク・バンドが登場し、2020年代の今でもその影響を残している。日本のパンク・バンドとしていち早く成功を収めたアナーキーにインタビューした時、尊敬するミュージシャンとしてPANTAをあげていた。
「屋根の上の猫」 シュルレアリスムの影響が透けて見える
極私的3曲のその2は1976年発売のソロのファースト・アルバム『PANTAX’S WORLD』から「屋根の上の猫」。このアルバム自体、日本ロック史に残る名作だと思う。
まだメジャー・デビュー以前のCharが竹中尚人という本名でギターを弾いているし、元フラワー・トラヴェリン・バンドのドラマー、和田ジョージなどそうそうたるミュージシャンが参加している。“光の壁をすりぬけて俺はきみになる、時のすきまを横切ってきみは俺になる”という内容の詞はシュルレアリスムの影響が透けて見える。教養が深く、アンドレ・ブルトン(1896~1966年、仏文学者、1924年に『シュルレアリスム宣言』を刊行)にも精通していたPANTAらしい詞だとぼくは受け止めている。
「万物流転」 グルーヴ感が素晴らしい
PANTAのソロ活動が始まったこともあって活動休止をしていた頭脳警察は1990年に再結成される。その後、休止、再結成を重ねながら2008年以降はPANTAのソロ活動と並行して活動を続けている。
極私的3曲のその3は2019年の『頭脳警察7』から「万物流転」だ。副題は“Panta Rhei”。Panta Rheiとは古代ギリシアの哲学者ヘラクレイトスの思想を表す言葉とされ、その意味が万物流転だ。自身の名前PANTAとヘラクレイトスの言葉をかけ合わせるインテリジェンスがいかにもPANTAらしい。ちなみにPANTAというのは無名時代のニックネームで誰よりも早くパンタロンを履いていたことに由来する。
PANTAのヴォーカルとアコースティック・ギター、50年来の盟友であるTOSHIのパーカッション、それにキーボードだけのシンプルなサウンド構成だが、グルーヴ感が素晴らしい。万物はすべて流転してゆくしかないというPANTAの人生への想いが熱く伝わって来る。後期頭脳警察の名曲としてファンの間では人気が高い。
この連載を始めて1年以上が過ぎた。これまで紹介して来た人々に比べPANTA及び頭脳警察の知名度は幾分低いかも知れない。が、彼らは紛れもなく、日本ロックの熱いマグマのひとつなのだ。
岩田由記夫
1950年、東京生まれ。音楽評論家、オーディオライター、プロデューサー。70年代半ばから講談社の雑誌などで活躍。長く、オーディオ・音楽誌を中心に執筆活動を続け、取材した国内外のアーティストは2000人以上。マドンナ、スティング、キース・リチャーズ、リンゴ・スター、ロバート・プラント、大滝詠一、忌野清志郎、桑田佳祐、山下達郎、竹内まりや、細野晴臣……と、音楽史に名を刻む多くのレジェンドたちと会ってきた。FMラジオの構成や選曲も手掛け、パーソナリティーも担当。プロデューサーとして携わったレコードやCDも数多い。著書に『ぼくが出会った素晴らしきミュージシャンたち』など。 電子書籍『ROCK絶対名曲秘話』を刊行中。東京・大岡山のライブハウス「Goodstock Tokyo(グッドストックトーキョー)」で、貴重なアナログ・レコードをLINN(リン)の約400万円のプレーヤーなどハイエンドのオーディオシステムで聴く『レコードの達人』を偶数月に開催中。最新刊は『岩田由記夫のRock & Pop オーディオ入門 音楽とオーディオの新発見(ONTOMO MOOK)』(音楽之友社・1980円)。