コレステロールについて
「悪玉」が多く、「善玉」が少ない
先週の脂肪肝に続きコレステロールとくれば、何だか本誌の人気コーナー「名医の健康パドック」と間違われそうであるが、どうか併せてお読みいただきたい。要するにこちらは、医者の前では言うに言われぬ患者の愚痴である。
脂肪肝の宣告を受けたと同時に、私は医者からコレステロール値についても指摘された。何でも「悪玉」の数値が高く、「善玉」が少いので注意を要する、というわけだ。
悪人である私は、一瞬正体をあばかれたような気分になったが、どうやらこれは物のたとえで、性格とかいまわしい過去とかとは余り関係がないらしい。
食事療法が必要だということで、コレステロールを多く含む食品のパンフレットを渡された。帰途、ハラが減ったのでミスタードーナツに立ち寄り、フレンチクルーラー、ハニーディップ、アップルパイ等を食いながらそれを読み、愕然とした。
コレステロールを多く含む食品、すなわち私にとって毒となるらしい食い物が、まったく絵に描いたように私の大好物ばかりだったのである。
タマゴ、イクラ、タラコ、イカ、タコ、貝類、エビ、カニ。どう読み返しても私の好物を順番に並べてあるとしか思えなかった。目玉焼き二個は毎朝食のメニューであり、イクラとタラコは食膳に欠かすことのできぬ常食であり、パーティの席では狙い定めてキャビアばかりを食うことにしている。おまけにその前日には良く知らない出版社から電話があったので、とりあえずメシでも食いましょうと言い、「かに道楽」のフルコースを食い散らかしたばかりであった。
そんなわけであるから、高コレステロールの食品を食うなということは、私にとってほとんど個体の生存権にかかわるのである。
とりわけ気になった点はタマゴである。卵黄は100グラム中1300ミリグラムという抜群のコレステロール値を示しており、まさにコレステロールのかたまりであるらしい。黄身を食わずに白身だけ食えば問題がない、とか但し書きがつけてあったが、どう考えたってタマゴのタマゴたる所以(ゆえん)は黄身に存在するのであって、黄身は食わずに白身だけ食えなどということは、たとえて言うならキスだけしてセックスはするなというようなもの、いや、もっと切実だ。たとえば便意を催したとき、屁だけこいてクソをするなというようなものであろう。
見出し タマゴはなによりのごちそうだった
タマゴが好きなのである。裸の女が胸に半熟ウデタマゴを抱いて、さあどっちになさいますかと訊いたなら、迷わずタマゴを手にするぐらい、タマゴが好きなのである。すなわち、これを禁ぜられるということは、生涯セックスをするなと命ぜられるに等しい。
本誌読者の平均的な年齢を察するに、同感の方はさぞ多いことと思う(平均年齢なぞ知らないが、膨大な発行部数と巻末ヌードグラビアの趣味を照合してみると、主力はたぶん私と同世代ではなかろうかと推察する)。
つまり、昭和20年代、30年代の幼少年期において、タマゴはたいそう貴重なタンパク源であり、まことに高価な食品であった。好き嫌いを言う以前に、われらは等しい幼時体験により、タマゴを信仰している。
風邪をひくと滋養になるからといって生タマゴを吞まされた。朝食に生タマゴが供されるのは大変なごちそうであり、商店街にはモミガラの上にうやうやしくタマゴを並べた「タマゴ屋」すらあったのである。
そんなわけであるから、若い読者には理解できないであろうが、われらはみな心の中にタマゴに対する深い信仰心を抱いており、毎日タマゴさえ食っていれば健康でいられると信じ、どんなに貧乏をしてもそれを食うだけで何となく優雅な気分になるのである。
ブロイラー業者の企業努力により、今日タマゴはしこたま食えるようになった。30数年間も値上がりしていない物といえば、まずこれだけであろう。まさに奇蹟である。
幼いころ「死ぬほどウデタマゴを食ってみたい」と望んでいたわれらにとって、今さらタマゴが毒であると言われるのは、それこそ死ぬほど辛い。ところがパンフレットの数値を計算してみると、そのずば抜けたコレステロール値は早い話、「他のものはともかく、タマゴだけは絶対ダメ」と書いてあるに等しいのであった。