思い出の「零時社」へ さて普段ならここで終わりになるんだけど、今回ばかりはそうはいきません。あの思い出があるんですものね。やはり松本御大の仕事場、「零時社」に行かなければ! 実は事前に調べてた。単行本に載ってた住所は旧住…
画像ギャラリー小説『バスを待つ男』などの著作がある作家の西村健さんは、路線バスをテーマにした作品の書き手としても知られています。西村さんが執筆する「おとなの週末Web」の好評連載「東京路線バスグルメ」の新シリーズが始まります。名店に巡り合った第1弾をはじめ、商店街編、武蔵野編に続く第4弾は「アニメ聖地巡礼編」。日本アニメ史に名を刻む傑作にゆかりのある街を歩きます。
『銀河鉄道999』がベストムービー
今回の「東京路線バスグルメ」では、アニメーションの聖地巡りをしてみます。
あらゆる映画を含め「我が人生のベストムービーは『銀河鉄道999』(1979年)」と断言し、作者の松本零士御大を「神」と崇める私にとって、「最高の聖地」と言えばここしかありません。「東映アニメーション(旧「東映動画」)」のスタジオがある練馬区東大泉。「日本初のカラー長編アニメ映画」である『白蛇伝』(1958年)もここで生まれた。「聖地巡り」編のスタートとして、ここより相応しい場所はありますまい。
てなわけで、やって来ました、西武池袋線の大泉学園駅。
この地には「商店街」編の時も来ましたね。あの時はJR中央線の吉祥寺駅前から西武バス「吉61-1」系統に乗ったんだけど、今回は鉄路。と、言うのも、大泉学園駅における発車サイン音は、バンドの「ゴダイゴ」が歌ったあの『銀鉄』主題歌なのですよ。これは、聞かずに済ますという選択肢はありますまい。
いざ駅のホームに降り立ってみると、目の前にはいきなり、人気アニメ『プリキュア』による「東アニ」の宣伝看板が。自動販売機もプリキュアデザインでしたよ。もう、降り立った瞬間から「聖地感」満載。おまけに発車サイン音をよく聞いてみると、下りの場合は歌の出だし、上りはサビの部分と、ちゃぁんと使い分けられてました。いやぁいいなぁ。やっぱ鉄路で来て、大正解。
ふと気づいて、ホームの池袋側に立ってみる。この駅の一つ池袋寄り、石神井公園駅までは高架だったことを思い出したのだ。なのでこちらから見てみると、線路が中空に向かって登っている。まるで銀河鉄道のレールが、宇宙に向かっているかのように……。
もう、駅だけでここまで盛り上がってしまってる。改札口のあるコンコースに上ってみると、『銀鉄』の車掌さんが「名誉駅長」としてお出迎えしてくれてました。
松本零士先生と握手した遠い日の記憶
実はこの地には、忘れ得ぬ思い出がある。今から40数年前、中学生の頃、関東に暮らす叔母に連れられて松本御大の仕事場まで行ったことがあったのだ。当時は単行本に住所まで明記されていたのである。
別にお目に掛かりたいなんて大それたことは考えてない。ただ「聖地」を見たかっただけだった。ところがやっと辿り着いて「あぁ、ここだ〜」と感激していると、ガチャリとドアが開いた。何と出て来たのはご本人。これから打ち合わせで出掛ける、という。
大ファンで九州から来ました、と言うと、「あぁ、そう」と微笑んで、握手してくれた。感激のあまり立ち尽くし、歩み去って行く姿を見送っていて、はたと思い出した。写真、撮るの忘れてたっ! 慌てて、遠くに消え行く姿をパチリ。なので我が家には、御大の小さな後ろ姿の写真だけが残されている。
東映アニメーションミュージアムでアニメの歴史を学ぶ
そんな思い出深い場所なのだ。改札を出て、北口へ駅の建物を出るとそのままペデストリアンデッキに繋がってて、『鉄腕アトム』やもちろん『銀鉄』、更に『あしたのジョー』や『うる星やつら』のラムちゃんといった銅像が並んでた。おまけにデッキの下に降りると、そこにはまたまた『銀鉄』の巨大な壁画が! もう、バスに乗る前から盛り上がり過ぎ。これじゃ身体が持ちませんよ(汗)。
気を取り直して西武バス「泉39」系統に乗り込む。東アニのある場所まで、歩いて歩けない距離でもないんですけどね。やっぱり、「バスグルメ」ですからね。
たった2区間、乗っただけの「東映撮影所前」バス停で下車。こんなに短いのも、「バスグルメ」史上初めてかも知れない(笑)。
降りた目の前には映画館「T・ジョイSEIBU大泉」の入る巨大な商業施設があって、「東映通り」の道向かいにもショッピングモール「リヴィンオズ大泉店」が。土曜ということもあって凄い人出だった。それぞれの施設の裏に「東映東京撮影所」と、「東映アニメーション大泉スタジオ」とがある。映画が作られてる、まさにその目の前で作品をスクリーンで鑑賞できるのだ。そんな体験ができるのも、ここならでは、でしょうなぁ。
さて私の目的は「東アニ」の前に立つ、「東映アニメーションミュージアム」。今はコロナのために事前予約が必要で、おまけに土日しか開いてない。なので人出の多い休日に来るしかなかったのでした。おまけに入ってみると、中庭部分は改装中で、ここのシンボルである「ペロ(アニメ映画『長靴をはいた猫』の主人公)」像も正面から拝むことができなかった(涙)
建物に入ると左右、両手に分かれてて、左側が東アニの歴史や、アニメの時代ごとの作り方などを示した「資料展示エリア」。右側の「わくわくエリア」では『プリキュア』の歌に合わせて踊ったり、『ドラゴンボール』の立体ディスプレイの前で撮影ができたりして、こりゃ子供は大喜びだわ。親子連れが大勢なのも納得、でした。
ただしこちらは撮影可なのに対して、「資料展示エリア」の方は不可。どっちかって言うと撮りたいのは、圧倒的に「資料〜」の方なのになぁ……まぁ仕方ありません。
「歴史に残る東映アニメーションの名作」「レジェンド作品」として『銀鉄』が展示されてた!! もしかして作品は入れ替わるのに、たまたまそういう日に俺は来てしまったの!? と期待したんだけど、係員に聞いたら「ここはずっと『銀鉄』のままになってますね」とのことでした。トホホーー。
さぁそろそろ本チャンのグルメの方に行きましょうか。
東映通り沿いに発見!野菜たっぷり、カツオ節たっぷり、身体によさそう!
実はバスでここに至る途中、目をつけていた。「東アニミュージアム」の斜め向かいに、飲食店がいくつか並んでたのだ。こんな位置関係なんだもの。きっと東アニのスタッフも食べに来ているに違いない!
てなわけで、東映通りに面した『和風だしの食事処 蓮華』に入ってみました。夜は居酒屋になるらしく、酒とつまみのメニューも豊富だったけど、ここはぐっとガマン。「日替わり定食」メニューとして鶏の竜田揚げ定食や、ビーフステーキ定食なんてものもあったけど、迷ったら一番上に載せられてるものを選ぶべし。ということで、「焼きビーフン定食」900円ナリを注文しました。
そうしたら、出て来たのが、これですよ!
野菜たっぷりで、おまけにサラダにお新香までついてて、いかにも身体によさそう。カツオ節もたっぷり掛かってるし、見るからに和風。食べてみたら、豊かなダシの味がふんわり口の中に広がって、あぁいい気持ち。これは食が進むわぁ。二日酔いの日にもバッチリですね。
女性2人で切り盛りしてるお店で、常連らしいお客と世間話したりなんかして、ほんわか和やかな雰囲気。これは居心地いいですよ。東映のスタッフらもここに来て疲れを解し、日々新しい作品に挑んでいるのに違いない、と勝手に納得。
それに考えてみたら、焼きビーフンは中国発祥の料理で、それをここでは和風にアレンジしてる。『白蛇伝』だって中国の伝説が元になったお話で、それが我が国初の長編カラーアニメになった。どこか繋がってるじゃないですか!? なぁんて勝手に関連づけて、大満足。お腹一杯になりました。ご馳走様っ!!
思い出の「零時社」へ
さて普段ならここで終わりになるんだけど、今回ばかりはそうはいきません。あの思い出があるんですものね。やはり松本御大の仕事場、「零時社」に行かなければ!
実は事前に調べてた。単行本に載ってた住所は旧住居表示によるもので、今は違ってしまってる。なので古いゼンリン地図と照らし合わせて調べてみました。すると東アニからも歩いて行ける距離だったことが判明。あの時、「これから打ち合わせ」と仰ってたのは、旧東映動画に行くところだったのかも知れないなぁ。そうだったとしてもおかしくないどころか、逆に自然ですからね。
更に現在では、「零時社」は移転してることも分かった。前の場所とそう離れてもいないところ。なのでせっかくなんで、両方に行ってみることにします。
まずは旧地。今は普通の人が住んでいらっしゃる。あぁ、こんなところだったかなぁ? ちょっと記憶と違ってた。でもここから、東アニの方へ歩いて行かれたんだとすると、自分の来た道を逆に辿られたことになる。うちに残る写真は、ここからあっち方向を写したことになるんだなぁ、と感慨に耽る。
次いで現在の「零時社」の方へ行ってみました。失礼ながら、ちょっと塀の中を覗くと、中庭に巨大な動輪が。あれ、『銀鉄』を表すシンボルですよねぇ。
2019年11月にイベントで訪れたイタリアで体調を崩されて以降、表には出て来られてない松本御大。今はここで静養中なんでしょうか。
一日でも早く、またお元気になられたお姿を拝見したいものです。
【『銀河鉄道999』のストーリー】
遥かな未来、人類は金に飽かせて自らの身体を機械化し、永遠の命を謳歌していた。しかし機械を買えない貧乏人はスラムに暮らし、明日をも知れぬ生活を送るしかなかった。
機械伯爵に母親を殺された少年、星野鉄郎(ほしの・てつろう)も後者だったが彼には夢があった。銀河鉄道999に乗って「機械の身体をタダでくれるという星へ行き永遠の命を手に入れる」のだ。
そんなある日、鉄郎の前に謎の美女メーテルが現われる。「一緒に旅をしてくれること」を条件に999号のパスをくれる。これで長年の夢を叶えることができる、と勇んで旅立つ鉄郎の前には、無限の宇宙と冒険の旅が広がっていた……
『和風だしの食事処 蓮華』の店舗情報
[住所]東京都練馬区東大泉2-7-27
[電話]03-5935-4981
[営業時間] 11時半〜14時、17時〜20時
[休日]水・日
※新型コロナウイルス感染拡大の影響で、営業時間や定休日は異なる場合があります。
[交通]西武大泉学園駅北口から徒歩約15分
西村健
にしむら・けん。1965年、福岡県福岡市生まれ。6歳から同県大牟田市で育つ。東京大学工学部卒。労働省(現・厚生労働省)に勤務後、フリーライターに。96年に『ビンゴ』で作家デビュー。2021年で作家生活25周年を迎えた。05年『劫火』、10年『残火』で日本冒険小説協会大賞。11年、地元の炭鉱の町・大牟田を舞台にした『地の底のヤマ』で日本冒険小説協会大賞を受賞し、12年には同作で吉川英治文学新人賞。14年には『ヤマの疾風』で大藪春彦賞に輝いた。他の著書に『光陰の刃』『バスを待つ男』『バスへ誘う男』『目撃』、雑誌記者として奔走した自身の経験が生んだ渾身の力作長編『激震』(講談社)など。2023年1月下旬に、人気シリーズ最新作『バスに集う人々』(実業之日本社)を刊行予定。