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京料理の世界は常に変化し、どこかで新たな発想が登場している。数ある京都の料理店から、歩みを止めない料理人たち3人に注目した今企画。2回目の登場は「日本料理 研野」店主・酒井研野さん。従来のスタイルに収まらない京料理への挑戦、そこにある思いをうかがった。

京都屈指の名料亭『菊乃井』と姉妹店の『無碍山房 Salon de Muge』に10年勤めた後、N.Y.の寿司店『Shoji at 69 Leonard Street』、京都の中国料理店『京、静華』やイノベイティブレストラン『LURRA°(ルーラ)』で多彩な食材や調理法を学び、2021年3月に『日本料理 研野』を開業した酒井研野さん。オープン早々に食べ手の心を掴み、脚光を浴びたのは中国料理のエッセンスを取り入れた新しい提案だった。

中華のエッセンスを取り入れた日本料理で注目を集め、さらなる高みを目指す酒井研野さん。

「日本料理は素材ありきで、持ち味を生かす料理がほとんど。異なるジャンルの仕事を経験することで、食材頼りから脱却でき、もっと料理に緩急が生まれ、面白いコースになるのではと考えました」。

着目したのはチャーシューやラーメンといった大衆に愛されてきた国民食的料理。ルーツは海外でも日本人の暮らしに定着している料理は日本料理と捉え、油やスパイスを使ってより幅広い日本料理を作るようになる。

コース序盤に登場するチャーシューは、お客様の前に持ち出した七輪で炙り、甘辛い香りで食欲を誘い、合わせる野菜で季節感を生む。

チャーシューは旨味のある肩ロースを使用。四季折々の野菜が発する、香りや苦味、酸味で和食の気分に。
炭火で炙りたてのチャーシューを目の前で切り分けて提供。香りが立ち上がり、一気に食欲が増す。
料理だけでなく、紹興酒とのマリアージュも楽しめる。

締めに出すラーメンは、故郷・青森の人たちが好んだ日常食で、酒井さんもよく食べていた思い出の味。『京、静華』で学んだ清湯(チンタン)と、毎日仕込むたまご麺のシンプルな組み合わせを削ぎ落とした調味で洗練させ、冷麺にしたり、スープを変えたりして、年中提供している。

「他の料理にもこの清湯を使っていて、だしは昆布と鰹でとるだしと、清湯の2本立て。2つを合わせることもあり、調味料や香りを変えながら味のバリエーションを生み、コースの流れに緩急をつけています」。

卵と中力粉だけで作るラーメン。向こうが透けるくらいまで薄く伸ばし、手打ちした麺は揉んで縮れ麺に。

酒井さんは、2022年秋、さらなる脚光をあびることになる。日本料理が何であるかを模索し、25歳から挑戦し続けてきた『RED U-35(35歳以下の若手料理人を対象とするコンペティション)』でグランプリ「レッドエッグ」を獲得する。

「ミシュランはいただくものですが、REDは自分で取りに行くもの。僕にとっては勝つことより、越えなくてはならない壁でした。これまで挑戦したのは計6回。同世代の料理人と接することで毎回気づきがあり、高みを目指すためには、もっと明確な思考や多様な表現力、高い熱量が必要だと感じました。今、伝えたいのは、身近なところや今までにない切り口から日本を再発見することの楽しさです」

夏に提供している「アメリカンドッグ」はその一つ。コンビニにもある日常食で、お祭りや縁日、夏休みを彷彿とさせる記憶やストーリーを意識しつつ、どこまで日本料理の定義を広げられるかを考えながら作ったという。

日本人の思い出の中にあるアメリカンドッグをアップデートした一品。中のソーセージはうずら肉と豚ミンチを合わせた生地に台湾産の黒くわいを合わせ、ネギ、生姜、山椒、干し貝柱を加え、白味噌を忍ばせている。山椒とごま入りのトマトケチャップと、和がらしと味わう。

「鯨椀」は、コロ(鯨の皮下脂肪)のおでんからインスピレーションを受け、再構築したお椀。世に出回らなくなった鯨とその食文化に着目し、オリジナリティある一品にアップデートしている。

「日本人にとって鯨は縄文時代から食してきた食材。ほとんど食べなくなってしまいましたが、僕たち世代には味わったことのない美味しさがあります」

お店で出したら、年配客は「昔よく食べたわ」と懐かしみ、若いお客は「初めて食べるけど美味しい」と会話が弾み、自然にカウンターが一つに。懐かしさや思い出とともに鯨が新しい味に昇華された瞬間だった。

2022年の『RED U-35』の最終審査で作った「鯨椀」。鰹だしで炊いた大根、干し貝柱や豚肉の旨みを含ませた白菜、スライスしたコロを重ねた椀物。だしは鰹だし3、清湯1の割合でブレンドし、木の芽とみょうがの香りで和に着地させている。

『研野』の料理は正統な京料理ではないが、京都で日本料理をすることに意味を感じるという酒井さん。京都は伝統と革新が共存する日本料理の聖地的存在であり、店や業者同士の繋がりが深い町全体が台所のような土地ととらえている。

「千利休をはじめとする文化人が残してくれた日本料理の基礎や季節ごとのおもてなし文化、また一般の日本人が今まで創り上げてきた大衆文化は素晴らしいものです。その中から自分は何を拾い上げ、取り入れるか。きちんと咀嚼したもので表現し、借りてきた歳時記みたいにならないように自分からにみじ出たものを大事にしたいです」

コースの要所で正統派の一品も楽しめる。魚は菊乃井時代から付き合いのある淡路島の『水口商店』から仕入れ、「鯛の造り」はシンプルな仕立てで提供。

さらに、新たな夢を思い描いている。

「今の店よりもっと大きな館に移り、いつになるかわかりませんが二つ星、三つ星をいただけるお店を目指したいです。目標は家族の記念日や節目に使ってもらえる料亭。沢山の方々に利用していただき、心に残るひとときになるよう、魂のあるお店でありたいです」

目標は家族の記念日や節目に使ってもらえる料亭。高級店より、魂のあるお店でありたいという。

この春には家族が増え、育児も手伝うという酒井さん。開業して3年目にして、よりアクティブに、ポジティブに。未来に向けての挑戦は、まだ始まったばかりだ。

カウンター8席のこじんまりとした空間。料理によってBGMが変わり、お造りの時にはサザンオールスターズの曲が流れる。
京阪電車・神宮丸太町駅から徒歩10分ほどの東大路沿い。従来の会席に収まらないスタイルだが、屋号の通り、日本料理を軸にしている。

日本料理 研野

住所/京都市左京区岡崎徳成町28-22
電話/075・468・9944
営業時間/17:00、20:00の一斉スタート
休業日/日曜・月曜・火曜、その他不定休あり
備考/コース19,800円(税含む)
予約はTable Checkで受付

編集/エディトリアルストア
取材・執筆/西村晶子
写真/福森クニヒロ

※情報は令和5年4月17日現在のものです。

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おとなの週末Web編集部
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