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“謎のお客さま”へのスペシャル料理

浩宮さまと雅子さまが、たびたび会うようになったころのことである。皇太子付きの職員から、赤坂仮御所の調理を担当する大膳(だいぜん)にプライベートなお客さまへの料理のリクエストが入った。

「皇太子殿下とお客さまの二人だけの食事です」

と言う。しかし、そのお相手が誰なのか、男性なのか女性なのかも伝えられない。しかも「中国料理で」というリクエストなのだ。中国料理のコースなら、お好きなものだけ召し上がっていただける、という浩宮さまらしいお心づかいが感じられた。公務ではないプライベートの食事は、通常の食費から賄われる。経費を考慮したふだんに近いメニューを提案したところ、「内容をもう少し検討してほしい」と差し戻されてしまう。

大膳の人々は驚いた。それまで、浩宮さまが大膳の作ったメニューに注文を付けたことなどなかったからだ。大膳には「これはよほど特別なお客さまなのだ」と緊張が走ったという。そこで、メニューをグレードアップした内容に変更した。

本丸跡の芝生

そのメニューは、前菜の盛り合わせ、スープ、フカヒレの姿煮込み、牛肉のオイスターソース炒め、伊勢海老の淡雪炒め、チャーハンにデザートをつけたものだった。

皇太子付きの職員からの承諾も得て、おもてなしの日はこの料理をお出しすることになった。

ところが当日になっても、お客さまが誰なのかわからない。けれども、なにか胸躍るような予感がして、大膳の人たちはいつにも増して気合いを入れて調理したという。

フカヒレは大きく肉厚で触感のよいものを選び、でも味付けはスタンダードに。伊勢海老は青菜をさっと湯通ししてから手早く炒めて上湯スープに入れ、泡立てた卵白を勢いよく溶かし込んだ淡雪仕立てに――。

大膳の人々が心を込めて調理した料理が、期待と緊張を乗せて運ばれていく。やがてすべてのお皿がきれいになって下げられてきた。ご満足いただけたらしいと安堵はしたものの、結局お客さまが誰なのかはわからなかった。

やがて1992年10月、浩宮さまは千葉の宮内庁新浜鴨場で雅子さまにプロポーズ。この「鴨場のプロポーズ」から2カ月後の12月に、雅子さまは結婚をお受けしたのである。出会いから6年余の月日が経っていた。

そののち、ご結婚されて皇太子妃となった雅子さまは、赤坂仮御所での美味しい「勝負料理」のお礼を、大膳に直接お伝えになったのである。(連載「天皇家の食卓」第6回)

皇居東御苑の木々

文・写真/高木香織
イラスト/片塩広子

参考文献/『御即位5年 ご成婚30年 新しい時代とともに――天皇皇后両陛下の歩み』(宮内庁侍従職特別協力、毎日新聞社)、『天皇皇后両陛下の80年 信頼の絆をひろげて』(宮内庁侍従職監修、毎日新聞社)、『皇后美智子さま すべては微笑みとともに』(渡辺みどり著、平凡社)、『美智子皇后と雅子妃 新たなる旅立ち』(渡辺みどり著、講談社)、『殿下の料理番 皇太子ご夫妻にお仕えして』(渡辺誠著、小学館文庫)

高木香織
たかぎ・かおり。出版社勤務を経て編集・文筆業。皇室や王室の本を多く手掛ける。書籍の編集・編集協力に『美智子さま マナーとお言葉の流儀』『美智子さまから真子さま佳子さまへ プリンセスの育て方』(ともにこう書房)、『美智子さまに学ぶエレガンス』(学研プラス)、『美智子さま あの日あのとき』、カレンダー『永遠に伝えたい美智子さまのお心』『ローマ法王の言葉』(すべて講談社)、『美智子さま いのちの旅-未来へ-』(講談社ビーシー/講談社)など。著書に『後期高齢者医療がよくわかる』(共著/リヨン社)、『ママが守る! 家庭の新型インフルエンザ対策』(講談社)。

片塩広子
かたしお・ひろこ。日本画家・イラストレーター。早稲田大学、桑沢デザイン研究所卒業。院展に3度入選。書籍のカバー画、雑誌の挿画などを数多く手掛ける。

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