「受験は競争、受験生もアスリート」。トレーナー的な観点から、理にかなった自学自習で結果を出す「独学力」を、エピソードを交えながら手ほどきします。名付けて「トレーニング受験理論」。その算数・数学編です。第8回では、数学の解…
画像ギャラリー「受験は競争、受験生もアスリート」。トレーナー的な観点から、理にかなった自学自習で結果を出す「独学力」を、エピソードを交えながら手ほどきします。名付けて「トレーニング受験理論」。その算数・数学編です。第8回では、数学の解き方が不意に頭に浮かぶ「ひらめき」について考えます。
「ひらめかない人」=「数学の能力がない人」?
「数学はひらめきですからねえ」
息子のG君の入塾時に、成績を説明しながら、お母さんの口からため息交じりに出たのが、この言葉でした。G君は当時、私立の中高一貫男子校に通う高校1年生。学校での順位は、真ん中より後ろの方で、特に数学に苦戦していました。お母さんご自身も数学が苦手だったとのことで、「遺伝でしょうかね」と語る口調には、半ばあきらめの気持ちがこもっていました。
数学が苦手な人からしばしば口をついて出るのが、この“ひらめき”という言葉です。その言葉の裏には、「ひらめかない人、すなわち“数学の能力がない人”にとっては、数学は出来なくても仕方がない」という無力感が含まれているように感じられます。
「大丈夫、ひらめくようになりますよ」
と私は答えましたが、G君のお母さんは、それを“気休めの言葉”と受け取って、聞き流していたかもしれません。しかし、その数か月後、その言葉は現実となったのです。
「ひらめきの正体」段階によって異なる“ひらめき”がある
数学における“ひらめき”とは何でしょうか?「旺文社国語辞典」(第九版)によれば、「閃く」(ひらめく)とは、「ある考えなどが瞬間的にうかぶ」という意味です。そこで、ここでは“ひらめき”を数学に限って考え、「問題の答えや解き方が瞬間的に浮かぶこと」と定義しておきます。
算数・数学の学習には段階がありますが、その段階ごとに、身に付く“ひらめき”の種類も異なるように思います。そのようなひらめきには以下の4段階があると考えられます。
(1)第1段階「知識によるひらめき」
算数・数学では、まず定理や公式を頭に入れ、基礎問題や典型問題を解けるようになる必要があります。計算の仕方や問題の解き方などの知識が増えると、ある程度のレベルまでの問題は即座に解き方が浮かぶようになります。これが「知識によるひらめき」です。
計算も知識によって一瞬で答えを出す人もいます。例えば、
「半径3cmの円の面積は?」
と聞かれると、ちょっと出来る小学生なら、計算することなく瞬時に
「28.26平方cm」
と答えます。
もちろん、計算でも出せますが、円の面積や周の長さの計算では、□×3.14という計算が頻繁に出てきます。そこで、□が2~9の場合の計算結果をすべて覚えておけば、瞬時に答えが出せるのです。
(2)第2段階「連想によるひらめき」
単なる知識をそのままあてはめるだけでは解けない問題があります。そのような問題を解くためには、蓄えた知識をさまざまに組み合わせて考える応用力が必要となります。応用力を養うのに必要なのが、ある問題から得た知識を別の問題に適用する「連想力」です。
例えば、平行四辺形の面積は
(底辺)×(高さ)
で計算されますが、対角線を引くと、平行四辺形は2つの合同な三角形に分けられ、三角形の面積の公式
(底辺)×(高さ)÷2
が得られます。
さて、この知識を持っている生徒に、五角形の面積を求める問題が出たとしましょう。その問題を初めて見た生徒の多くは、解けないかもしれません。なぜなら、五角形の面積を求める公式は存在せず、その求め方を教わっていない(知識がない)からです。しかし、三角形の面積を求めた時の連想から、五角形を3つの三角形に分割することを思いつけば、面積を求められる場合があります。このような発想が「連想力」です。
さまざまなことが連想で結びついてくると、「五角形を三角形に分割する」といったような、自分が学んだことのない解法でも、パッと思い浮かぶことがあります。それが知識ではない「連想によるひらめき」です。
(3)第3段階「俯瞰(ふかん)によるひらめき」
数学には、「数列」「確率」「微分・積分」などのように複数の分野があり、最初は分野ごとに学習します。この分野ごとの学習が数学学習のタテの糸です。分野ごとの学習が終わると、特定の分野にとらわれない「総合問題」「複合問題」といった問題を解くようになります。そのような問題を解くときに必要なのは、以下のような、分野にとらわれず俯瞰(ふかん)的に見る“視点”や“考え方”です。
・分からない量をxなどとおいて、式を立てて解く
・具体例で考えてみる
・導くべき結論から逆に考える
・1つのものに着目する
・場合分けして考える
・図表で整理して考える
・段階的に考える
・文字数を減らす
・次元を下げる、次数を減らす
・候補を絞る
そのような分野横断的な力を身に付けるのが数学学習のヨコ糸です。この分野横断的な力が身に付いてくると、ある分野の問題の解き方を身に付けることで、異なる分野の問題でも解けるようになることがあります。それが「俯瞰によるひらめき」です。
(4)第4段階「直感的なひらめき」
問題の解き方が分からず、うんうん唸っていると、ある瞬間パッと解き方がひらめくことがります。これは上記の3つとは異なるひらめきです。これについては別の機会に掘り下げたいと思います。
“ひらめき”を得るためのトレーニング法
(1)「知識によるひらめき」を開発するには、さまざまな問題に当たって、計算の仕方や解き方を身に付けていくことです。知識が増せば増すほどひらめく力は高まりますので、勉強の量がものをいいます。このとき有効なのが、以前取り上げた解法暗記学習です。
(2)「連想によるひらめき」を開発するには、勉強の量だけでなく、質も大事です。ある問題について、なぜそのような解き方をするのか、そのためにはどのような視点が必要か、どのような定理・公式と結びつくか、どのような計算や解答作成の工夫があるか、どのような別解があるか、などを深く考え理解していくと、さまざまなものとの連想が広がっていきます。
問題が解けなかったとき、解答を見ると、そこで使う定理、公式、解法など、一つ一つのパーツは知っているケースがほとんどです。それなのにパーツが思いつかないのは、それらを引き出せるようになっていないからです。
パーツを引き出せるようにするには、「手がかり」(フック)をつけることが必要です。たとえば以下のように、設問中に特定の表現や条件があれば、関連する定理・公式・解法などを想起できるように意識して学習することが大事です。それによって、設問から連想できるものが増え、問題の解き方がひらめく可能性も高くなります。
・「少なくとも」という言葉があったら、「余事象」を考える
・「ともに正」という条件の2変数が出てきたら、「相加相乗平均の公式」を考える
(3)「俯瞰によるひらめき」を開発するには、上に列挙したような俯瞰的な視点や考え方を身に付ける必要があります。通常これらの視点や考え方は、体系的に教わることはあまりありません。個別の問題を解く中で教わったり、体験的に身に付けていくものです。
しかし、筋力トレーニングで、筋肉の働きを意識しながらトレーニングすると効果が高まるように、これらの視点や考え方も、意識して学習することで、より効果的に身に付くものと考えられます。俯瞰的な視点・考え方は列挙したものがすべてではありません。みずから俯瞰的な視点・考え方を意識して問題に取り組み、自分の中にない視点・考え方に出会ったら、それらをとり込んでいくことが大事です。
【トレーニング受験理論とは】
一流アスリートには常に優秀なトレーナーが寄り添います。近年はトレーニング理論が発達し、プロアスリートやオリンピック・メダリストはプロトレーナーから的確な指導を受けるのが常識。理論的背景のない我流のトレーニングでは、厳しい競技の世界で勝ち抜けないからです。自学自習が勉強時間の大半を占める受験も同様です。自学自習のやり方で学力に大きな差が出るのに、ほとんどが生徒自身に任されて我流で行われているのが実情です。トレーナーのように受験生の“伴走者”となり、適切な助言を与えながら、自学自習の力=独学力を高めていく学習法です。
圓岡太治(まるおか・たいじ)
三井能力開発研究所代表取締役。鹿児島県生まれ。小学5年の夏休みに塾に入り、周囲に流される形で中学受験。「今が一番脳が発達する時期だから、今のうちに勉強しておけよ!」という先生の言葉に踊らされ、毎晩夜中の2時、3時まで猛勉強。視力が1.5から0.8に急低下するのに反比例して成績は上昇。私立中高一貫校のラ・サール学園に入学、東京大学理科I類に現役合格。東京大学大学院工学系研究科修士課程修了。大学在学中にアルバイト先の塾長が、成績不振の生徒たちの成績を驚異的に伸ばし、医学部や東大などの難関校に合格させるのを目の当たりにし、将来教育事業を行うことを志す。大学院修了後、シンクタンク勤務を経て独立。個別指導塾を設立し、小中高生の学習指導を開始。落ちこぼれから難関校受験生まで、指導歴20年以上。「どこよりも結果を出す」をモットーに、成績不振の生徒の成績を短期間で上げることに情熱を燃やし、学年ビリのギャルが1年で偏差値を40上げて難関大学に現役合格した実話「ビリギャル」並みの成果を連発。小中高生を勉強の苦しみから解放すべく、従来にない切り口での学習法教授に奮闘中。