ローマの皇帝は、フランスの太陽王は、ベートーベンは、トルストイは、ピカソは、チャーチルは、いったい何をどう食べていたのか? 夏坂健さんによる面白さ満点の歴史グルメ・エッセイが40年ぶりにWEB連載として復活しました。博覧…
画像ギャラリーローマの皇帝は、フランスの太陽王は、ベートーベンは、トルストイは、ピカソは、チャーチルは、いったい何をどう食べていたのか? 夏坂健さんによる面白さ満点の歴史グルメ・エッセイが40年ぶりにWEB連載として復活しました。博覧強記の水先案内人が、先人たちの食への情熱ぶりを綴った面白エピソード集。第20話をお送りします。
《未来の料理》の研究に没頭したアポリネール
今世紀初頭、パリを舞台にした芸術運動の旗手たちの夢もまた“強く固くたくましく”だった。詩人が考案した直接料理とは?
かのフランスのパスツール研究所の名士ド・ポミアーヌ博士が追い求めた強精のための愛の食事は、どちらかというと知的で、どこかにユーモアも感じられたが、詩人のギョーム・アポリネールの強精探求の姿勢は、ただ一点を目指して実質、直接だけを重視した外科医のようなものであった。
アポリネールは『アルコール』というすばらしい詩を書いたかと思うと、『一万一千本の鞭』といった荒唐無稽のポルノ小説を発表したり、詩人仲間で『イソップの饗宴』を書いたアンドレ・サルモンとつるんで美食遍歴を重ねながら《未来の料理》という、訳のわからない調理法の研究に没頭したり。要するに一風変わった詩人だった。
彼が完成させた未来料理の一つに〔ローストビーフの嗅ぎ煙草和え〕というのがある。食事中に食後の一服まで済ませてしまうつもりだったのだろうか。
手当たり次第に集めた動物の睾丸
それはそれとして、アポリネールが38歳で早逝する晩年の数年間、真剣に取り組んだのが〔アニメル(睾丸)料理〕であった。
どこでどう手に入れたのか、オットセイ、鹿、ライオン、象、セイウチ、牛、豚……、アニメルでありさえすれば何でもいいような手当たり次第で、これをロースト、ボイル、グリル、ベイクド、ソテー、フライ、ムニエル、思いつくままに食べまくった。
象のは1個の直径が20センチを越えるそうだから、バレーボールに近い大きさである。アンドレ・サルモンと2人がかりでも食べきれるものではなかったはずだ。
造精器官を食べると造精器官に利くのかどうか、それは信じるか信じないかの問題だろうが、もしアポリネールが中年以降の用心に直接料理を試していたのだとしたら、それは無駄な努力に終わってしまった。
(本文は、昭和58年4月12日刊『美食・大食家びっくり事典』からの抜粋です)
夏坂健
1936(昭和9)年、横浜市生まれ。2000(平成12)年1月19日逝去。共同通信記者、月刊ペン編集長を経て、作家活動に入る。食、ゴルフのエッセイ、ノンフィクション、翻訳に多くの名著を残した。その百科事典的ウンチクの広さと深さは通信社の特派員時代に培われたもの。著書に、『ゴルファーを笑え!』『地球ゴルフ倶楽部』『ゴルフを以って人を観ん』『ゴルフの神様』『ゴルフの処方箋』『美食・大食家びっくり事典』など多数。