音楽家は食いしん坊だらけ!オペラ作曲家の凝りに凝った自作料理

ローマの皇帝は、フランスの太陽王は、ベートーベンは、トルストイは、ピカソは、チャーチルは、いったい何をどう食べていたのか? 夏坂健さんによる面白さ満点の歴史グルメ・エッセイが40年ぶりにWEB連載として復活しました。博覧…

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ローマの皇帝は、フランスの太陽王は、ベートーベンは、トルストイは、ピカソは、チャーチルは、いったい何をどう食べていたのか? 夏坂健さんによる面白さ満点の歴史グルメ・エッセイが40年ぶりにWEB連載として復活しました。博覧強記の水先案内人が、先人たちの食への情熱ぶりを綴った面白エピソード集。第26話をお送りします。

作曲の時間よりも料理の時間の方が長い

さて、一食たりともゆるがせにしなかったルイ16世や孔子に負けず劣らず、食に対してなみなみならぬ執念を見せるのがなぜか音楽家と作家なのである。

とくに音楽家に限ってみると、歴代の名作曲家はそろって食事に手抜きをしなかった。音楽の女神ユーテルプと美食の女神コミューは仲がよろしいようである。

たとえば『ジョコンダ』や『ブルジョアたちのランデヴー』を作曲したニコロは、都合の悪いときだけイズアールなどという偽名を使ったご仁だが、作曲についやす時間よりも台所に立っている時間のほうがはるかに長かった。ニコロが自分の食事を人まかせにするのはパリの一流のレストランに行ったときだけ、家では自分で一切を作っていた。

彼はとくに野菜について一家言を持っていた。つまり生野菜というシロモノは、本来があまりうまいものではない、だからドレッシングが300種類も誕生したのだ、という説である。ニコロの時代から1世紀以上すぎて、いまやドレッシングは7~800種類はあるだろう。これで見る限り彼の説がますます正しかったことを証明しているようである。

友人たちを困惑させた奇行の理由とは?

ある日台所で、ニコロはついに料理の傑作をものにした。

それは、マカロニ1本1本に注射器を使って牛の骨髄を注入し、次にこのマカロニをフォア・グラ(鵞鳥の肝のペイスト)、トリュフ(黒い茸で松露と呼ばれる)、野禽のヒレ肉と一緒に煮込んだものである。

彼は友人たちを招いてこの傑作を披露した。

ニコロ自身、左手にフォークを持ち、いとおしそうにひと口食べては、空いているほうの右手を目の前でヒラヒラさせている。

美味の完成を口々に賞讃していた友人たちも、ご本人がひと口食べるごとに右手を目の前でヒラヒラさせる奇行にはすっかり困惑してしまった。

たまりかねた1人が、ついにニコロにたずねてみた。

「ニコロ、きみが食べるたびに目の前で手を振るのは、どこかの国のどこかの種族のオマジナイかね?」

「とんでもない」

と、ニコロはとろりとした目で答えた。

「あんまり旨いので、食べるたびに失神しやしないかと、それが心配で右手を振ってみてるのさ」

(本文は、昭和58年4月12日刊『美食・大食家びっくり事典』からの抜粋です)

『美食・大食家びっくり事典』夏坂健(講談社)

夏坂健

1936(昭和9)年、横浜市生まれ。2000(平成12)年1月19日逝去。共同通信記者、月刊ペン編集長を経て、作家活動に入る。食、ゴルフのエッセイ、ノンフィクション、翻訳に多くの名著を残した。その百科事典的ウンチクの広さと深さは通信社の特派員時代に培われたもの。著書に、『ゴルファーを笑え!』『地球ゴルフ倶楽部』『ゴルフを以って人を観ん』『ゴルフの神様』『ゴルフの処方箋』『美食・大食家びっくり事典』など多数。

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