友人たちを困惑させた奇行の理由とは?
ある日台所で、ニコロはついに料理の傑作をものにした。
それは、マカロニ1本1本に注射器を使って牛の骨髄を注入し、次にこのマカロニをフォア・グラ(鵞鳥の肝のペイスト)、トリュフ(黒い茸で松露と呼ばれる)、野禽のヒレ肉と一緒に煮込んだものである。
彼は友人たちを招いてこの傑作を披露した。
ニコロ自身、左手にフォークを持ち、いとおしそうにひと口食べては、空いているほうの右手を目の前でヒラヒラさせている。
美味の完成を口々に賞讃していた友人たちも、ご本人がひと口食べるごとに右手を目の前でヒラヒラさせる奇行にはすっかり困惑してしまった。
たまりかねた1人が、ついにニコロにたずねてみた。
「ニコロ、きみが食べるたびに目の前で手を振るのは、どこかの国のどこかの種族のオマジナイかね?」
「とんでもない」
と、ニコロはとろりとした目で答えた。
「あんまり旨いので、食べるたびに失神しやしないかと、それが心配で右手を振ってみてるのさ」
(本文は、昭和58年4月12日刊『美食・大食家びっくり事典』からの抜粋です)
夏坂健
1936(昭和9)年、横浜市生まれ。2000(平成12)年1月19日逝去。共同通信記者、月刊ペン編集長を経て、作家活動に入る。食、ゴルフのエッセイ、ノンフィクション、翻訳に多くの名著を残した。その百科事典的ウンチクの広さと深さは通信社の特派員時代に培われたもの。著書に、『ゴルファーを笑え!』『地球ゴルフ倶楽部』『ゴルフを以って人を観ん』『ゴルフの神様』『ゴルフの処方箋』『美食・大食家びっくり事典』など多数。