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ローマの皇帝は、フランスの太陽王は、ベートーベンは、トルストイは、ピカソは、チャーチルは、いったい何をどう食べていたのか? 夏坂健さんによる面白さ満点の歴史グルメ・エッセイが40年ぶりにWEB連載として復活しました。博覧強記の水先案内人が、先人たちの食への情熱ぶりを綴った面白エピソード集。第35話をお送りします。

人類の傑作と賛辞されたソースも既食スルー

味覚文学の大物モンスレーを敬愛したフィッツジェラルドもまた、かなりの食通だった。

彼はへミングウェイと仲がよくて、二人は無頼の青春時代をパリですごしている。

あるときレストランのテーブルに並んで座った二人は、乏しい所持金を出し合ってブランデーと若干の料理を注文した。

食通のフィッツジェラルドが、うっとりした口調でフランス料理のソースについて賞讃のうんちくを傾けた。

「きみはベシャメル・ソース(牛乳から作る濃厚なホワイト・ソースで、クリーム・コロッケやグラタンのもとになる)こそ人類最大の発明だと思わないかい? 

いや、ドミグラス(ブラウン・ソースにバターや濃縮だし汁や調味料を加えて煮つめた褐色のソースで、ステーキなどに使う)もそうだ。

オランデーズ(バターを加えマヨネーズのように泡立てた卵黄で作る温かいソースで、ゆでた魚やアスパラガスに添える)も忘れてはいけなかった。

そしてこのオランデーズに、エストラゴン、パセリ、カイエン・ペッパーを入れて仕上げたベアルネーズ・ソース、これもまた人類の傑作だ。

この四つのソースが誕生したことで、われわれは芸術的な食生活という古人の考えも及ばなかった世界にひたることができるようになった。実にすばらしい発明だと思わないかい?」

フィッツジェラルドの熱っぽいソース讃歌に耳を貸しながら、例によって早いピッチで酒を流し込んでいたヘミングウェイは、あの野性的な声で、

「その通りだ」

といった。

「今度カネがあるとき、きみのいう四つの芸術的ソースを一堂に集めてご馳走しよう」

フィッツジェラルドは開いた口がふさがらなかった。この四つはたったいま二人して平らげたばかりで、口のまわりにまだソースがついていたのである。

(本文は、昭和58年4月12日刊『美食・大食家びっくり事典』からの抜粋です)

『美食・大食家びっくり事典』夏坂健(講談社)

夏坂健

1934(昭和9)年、横浜市生まれ。2000(平成12)年1月19日逝去。共同通信記者、月刊ペン編集長を経て、作家活動に入る。食、ゴルフのエッセイ、ノンフィクション、翻訳に多くの名著を残した。その百科事典的ウンチクの広さと深さは通信社の特派員時代に培われたもの。著書に、『ゴルファーを笑え!』『地球ゴルフ倶楽部』『ゴルフを以って人を観ん』『ゴルフの神様』『ゴルフの処方箋』『美食・大食家びっくり事典』など多数。

Adobe Stock(トップ画像:Andrey@Adobe Stock)

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おとなの週末Web編集部 今井
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